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石ころを蹴り飛ばした彼女

 路傍の石ころにも一つ一つ違いがあって、全く同じ道をたどって転がり着いた物など一個も無い。僕はその一つを拾い上げ、眼下の川に透かすように見る。違う組成、違う瞬間がこの石を形作り、違う星、ひょっとしたら違う次元から旅をして、この石はここまでやってきたのかもしれない。


 僕は石を遠くに投げた。行方はわからない。いずれ石を投げた事なんて忘れるだろう。でも僕は遠くに投げ放ったのだ。


 斜陽が影を伸ばし、風に揺さぶられる草にも色を付けてくれる。僕はその横を、河川敷の階段を登っていく。自分の顔だから見られないけれど、僕は漸く生きていく覚悟ができた、清々しい表情をしている。


 僕がどうしてこんなに感傷に浸って、詩的な空気を醸そうとしているのか、話したいと思う。といっても大した物じゃない。これはいずれ忘れられる石ころの話だ。




 その日僕はいつものように、教室の掃除を終えて部活に向かう所だった。地区予選も終わり、先輩たちが引退して僕ら二年生はほんの少し顔がでかくなり、前より一段と部の雰囲気は緩くなった。


 弱小も弱小で、練習より、練習後ダラダラ喋りながら片付けてる方が動いているんじゃないかと思うほど覇気のない部活。僕はそんな部活に入った事を後悔しながらも、なんとなく惰性で続けていた。


 学校用の鞄と部活用の鞄を持ってドアを開けた時、一人の物静かな女子が、こちらをじっと見つめているのが目に入った。絶対に話しかけられるであろうという予感はしたけれど、僕は目を合わせず、そそくさと廊下を渡ろうとする。恥ずかしい話、僕は女子が得意ではないのだ。


 案の定、彼女の目の前を通り過ぎる瞬間、彼女は素早い身のこなしで僕の行く手を遮った。この動き、うちのディフェンスにも見習って欲しいものだ。


「……」


 彼女はしばらく黙っていた。いや実際にはしばらくという程でもない数秒程度なのだが、僕は沈黙に耐えられなかった。


「何でしょうか?」


「浜田くん」


 また妙な間が出来た。彼女の人間性がまるで掴めない。浜田、間違いなく僕の名字だけれど。


「私のこと好きでしょ?」


「……え?えへっ、いやなに言ってるの、岩里さん?」


「気付いてないと思った?」


 本当に何を言っているのかこの女は。羞恥心と怒りで顔が赤くなるのを必死に隠そうとすると、目が潤んで微かに鼻が酸っぱくなるのを感じた。


 放課後の廊下には勿論、まだ教室にも生徒が残っていた。どうしてわざわざ彼らにも聞こえるような声量でそんな事を言うのか、理解に苦しむ。


「勘違いだよ」


 僕は絞り出すような声で告げた。


「誤魔化さなくて良いよ」


「ごまかしとかじゃなくて!本当に勘違いだから。てかこの場で言うのもあり得ないから」


 ただの自意識過剰かもしれないが、周りの視線が痛かった。僕は捨て台詞を吐いて早々と逃げ出した。


「痛いから、そういうの気を付けた方がいいよ」


 彼女に背を向け早足で昇降口へ向かう。階段を降りながら、この事が確実に笑い種(うわさ)になると思い至り、なお一層気が重くなる。踊り場ですれ違った生徒たちの笑い声で、胸の辺りが痛む。


 何も考えたくないが、どうにも頭は回ってしまう。岩里鈴音。彼女はどうして、僕が彼女を好いているだなんて思ったんだろう。


 一年生の終わり頃転校してきて、二ヶ月だけ同じクラスだった。それ以外の接点は特に無く、今は別のクラスだし共通の友人もいない。成績は学年でトップクラスだと評判になっていた。


 容姿は比較的恵まれている方で、彼女を嫌う理由が無い大体の男子はやんわりと好意を持っている。かくいう僕も、別段彼女を嫌っている訳では無い。


 端から見た彼女は、若干消極的でお淑やか、それでいて芯が有り、自分の意見をしっかり持っているが、どこかミステリアスな魅力がある人、という印象だった。


 だから、“私のこと好きでしょ?”は、ある意味誤りではない。確かに好きか嫌いかと問われたら好きだと答える。だが関係を望んでいる訳ではまったくない。仲良くなりたいとさえ思ってない。


 それが何故、何がどうなったらあんな事になるのか。廊下で屯する集団を躱しながら、前に前に進んでいく。戸惑いつつ逃げる足は止まらなかった。


 そして喧騒に紛れて迫り来る危機に、僕は反応できなかった。


「浜田ァァァァ!」


 背中に強い衝撃が炸裂した。僕の身体は宙に浮き、前方に飛ばされる。景色がスローになって、ゆっくり墜落していく。


 この事件を機に彼女は、追突事故、ドロップキックガールと陰で呼ばれているとかいないとか。

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