第八十四頁 波乱の予感
「えっとえっと、確かこの辺に井戸があるらしいけど……」
そう思い、辺りをキョロキョロと見渡してみると目的の物は直ぐに見つかった。
学園の裏庭。薔薇だの、なんだの綺麗な植物達が咲き誇る庭園。そこの大きな木の下に井戸はあった。
あったが思ってた井戸と違った。
あの桶を落っことして滑車でガラガラガラって引き上げる奴じゃなくて。手押しのポンプ式の奴だった。多分、これが最新式なんだろう。
私は近くにあったバケツを手に取ると、それをポンプの元に置いて、いざとポンプを押してみた。
「へぐッ!!」
ウンともスンとも言わない。全然動かない。明らかに私の腕力が足りてない。
これはもしかして、詰んだのでは?
「ふい!! ふんぐッ!! ヘシッ!!」
本当にウンとも、スンとも言わない。私の手がビイィィンってなって終わっただけだった。
もしかしてこれ偽物? イミテーション?
そう思って水が出るであろう場所を除いてみたり。ポンプの付け根なんかも見てみる。
でも、冷静に考えると観察したところで本物かどうか見極める術も無いのでわかるハズもなく、結局は頭を抱えるしかなかった。
ど、どうしましょう……
「どうしたんですか、お嬢さん?」
私がなんやかんやと悩んでいると、不意に背後から声を掛けられた。
一体誰だと思って振り替えると、そこには絶世と言っても差し支えの無い美男子が立っていた。
サラサラとしているであろう金の髪に快晴を思わせる綺麗に澄んだ青い瞳。
まさに、絵に書いたような金髪碧眼。
ハッキリとした目鼻立ちに、ほんのり微笑んだ様な口元。
余りにも華々しい外見……
学園の地味なロープを纏ってはいるものの、それを完全に打ち消してしまう程の花がある顔面。
きっと普通の少女なら、その甘いマスクに思わず胸がときめいたりする所だろう。これで白馬にでも乗っていれば完璧だ。
白馬の王子様のハッピーセットの完成だ……
一応、私の乙女の部分はちゃんと反応してドキドキしてはいるのだが……
それ以上に私の男の部分が「厄介事のニオイがする」と言っている。
と言うより、そう囁くんだよ、私のゴーストが……
「どうしたんですか? お嬢さん?」
そう言うと美男子はおもむろにこちらに歩み寄ってきた。
うっ! 自分の中の乙女と、男の部分がせめぎ合うのがわかる。
くっ、この感覚がTSって奴か!!
恐るべし、イケメソのオーラ!!
「どうしました? どこか具合が悪いのですか?」
そう言うといつの間にか目の前まで来ていた男が、私の手を取った。
こ、こいつ。初対面の人に対して誰にでもこんな対応するのか? 生粋の王子様か何かなのか? それとも、これがイケメンと言う奴なのか!? それとも、これが若さか!? 連邦のモビルスーツは化物か!? 意味がわからん。この生物、俺の理解の範疇を越えているぞ!?
しかも、私はガンダムを見たこと無いから、これ以上のボキャブラリーが無いぞ!!
「は、ははは、実は井戸に水を汲みに来たんですけど、全然動かせなくてぇ……」
取り敢えず、俺は当たり障りの無いことを口にしてみる。そして、彼が握って来た手をそっと引っ込める。
その一連の動作を見て、彼は少々ビックリした様な表情を一瞬だけ作った。しかし、彼は直ぐに先程の微笑み作ると優しく頷いてみせた。
「成る程、そうでしたか。では僕に任せてください」
そう言うと彼は腕捲りをしてみせた。
「へ?」
彼の腕が出てきて思わず驚愕の声を挙げてしまった。
非常に筋肉質な前腕。うっすらと血管が浮き出ており、引き締まっているのが見てとれる。
な、なんだコイツは!?
やはり、連邦のモビルスーツは化物か!?
「ああ、こう見えても少し鍛えているんです」
私の様子を見て察したのか、彼は朗らかに笑いながら答えて見せた。そして、なんの気なしにポンプに手を掛けると意図も簡単に押してみせた。
それと同時に勢いよく水が蛇口から飛び出して来た。
「やっぱり、すごい…… 力が強いですねぇ」
「ははは、これぐらいは当然ですよ」
そう言うと彼は太陽の様な笑顔をこちらに向けてきた。
その様に思わずドキッとしてしまいそうになるが、それよりも先に男の人格がそれを阻止する。
どんだけ揺れ動くんだ、私の乙女心は……
頼むから、勘弁してくれ……
もうダメだ、今日はさっきからドキドキしっぱなしだ。速く、ここから離れなければ……
「わー!! 水が一杯になりましたね!! これで大丈夫です!! それではありがとうございました。それでは、私はこれで!! ごきげんあそばせ!!」
私はそう言うと、バケツを手に取り急いでその場を後にしようと駆け出す。
「え!? ちょっと待ってよ!!」
そう言うと、彼は私の手をガッチリと掴みそれを制止してみせた。
お、おい。マジかよ……
「せ、せめて。名前を教えてはくれなかい?」
「え?」
ど、どうしよう……
メッチャ嫌なんですけど……
乙女の私は名前を教えても良いと思ってるけど。男の私は勘弁してよと思ってる。
これ絶対に面倒なことになるよ~
だって、この男。真性のすけこまし、女たらしだよ多分。
それに、この人に問題がなくても、その周りの女達が絶対に突っ掛かってくるよ~
あのドリルじゃらじゃら天元突破女に加え。女たらし真性すけこまし王子様も加わったら私の学園生活はぐちゃぐちゃだよ~
どうしよう……
「そうか、教えてくれないか…… まあ、僕達は初対面だからね、それも仕方ないか……」
え、ええ……
その通りだすよ……
彼はそう言うと私の手を名残惜しそうに離した。
そして、姿勢を直すとその整った顔を満面の笑みへと変えた。
「でも、これも何かの縁だ。今度会う機会が会ったら、君の名前を教えてくれるかい?」
え、えぇぇ……
なにその余裕……
真のイケメンはそういう事出来るの? 運命すら操れるの?
同じ男として負けた気がするよ。て言うか、完全敗北って感じなんだけど……
ど、どうしよう……
取り敢えず苦笑いでもしとくか……
「はは、はははは……」
そう言うと私はろくに返答もせずに、逃げる様にその場を後にした……
そして、その場に取り残された彼を横目で見ると、彼は真っ直ぐと私を見詰めると「面白い人ですね」と小さく呟いた。
それを見て私はと言うと、満点の苦笑いを浮かべた。
く、くそ。な、なんか、わからんが“おもしれぇ女”認定されてしまった。




