第七十七頁 ユニコーン
皆、何故だか目の焦点も合っていない。
なぁぜ、なぁぜ……
「み、みんな。どうしたの?」
俺がそんな言葉を吐くと同時に、背後から何かが忍び寄って来る気配がした。
「だっ、誰!?」
「落ち着け、俺だ……」
咄嗟に本を開いて臨戦態勢を取る。そんな俺に向かって聞き覚えのある声が投げ掛けられた。
そこには黒い狼が立っていた。どえやら、先程の声の主はユヅキさんのようだ……
彼の姿を目にして俺は思わずほっと肩を撫で下ろした。しかし、そんな俺を見てユヅキさんは難しい顔をしながら近づいてきた。
「安心するのはまだ速いぞ。コイツ等の身に異常事態が起きてるのは気づいているな?」
「え!?」
ええ、確かに気づいていますぅ。いますけど、どうしこんなんなっちゃったのかは、わかりませぬぅ……
俺は今一度、一同へ視線を向けた。
ザックさん、ロランさん、ラッセルさん。皆が皆、正体失っている様に見える。なんだか目も虚ろだし焦点も合ってない。それでも彼等がユニコーンを方をなんとなしに見ているのは感じ取れる。
恐らくこの現象はユニコーンが原因なんだろう。
俺はおもむろにユニコーンがいる方向を見つめた。
やはり、そこには神秘の生物が存在している。数匹の馬達に混じって一匹のユニコーンが悠然としたたたずまいでそこに存在している。
思わずその姿に目を奪われそうになってしまう。
「余り心を許すな。お前でも“魅了”を受けるかもしれないぞ……」
「“魅了”?」
俺はその言葉に思わず振り替える。すると、いつの間にか隣に来ていたユヅキさんが寂々とした様子で語り始めた。
「他者を引き寄せる魔力の様な物だ。下手に囚われると彼等のようになってしまう」
「そ、そんな。どうしたらいいんですか? 彼等は元に戻るんですか?」
俺の問い掛けにユヅキさんは少し難しい顔をする。
そして、暫しの間沈黙が訪れる。
「…… …… ……」
長いなんだか沈黙が長い。
どうしたんですかユヅキさん!?
も、もしかして……
「もしかして、もう彼等を助ける方法は無いんですか?」
私のその問い掛けにユヅキさんは眉間に皺を寄せてみせた。そして、非常に難しいそうな顔を浮かべると低い唸り声の様な物を漏らし始めた。
彼がこんなに難しそうな表情をすると言うことは、事態はかなり深刻な状態になっているんだろうか……
不味いぞ、一体どうすれば良いんだろう……
「わ、私に出来ることが有るなら、なんでも言って下さい。全力でやってみせます!!」
「……じゃあ、言うぞ」
私はユヅキさんの言葉に力一杯頷いてみせる。
絶対に皆を助けるんだ。その為だったら、私はなんだってする。皆には今まで凄いお世話になった仲間なんだ。こんなところで見捨てるなんて絶対にあり得ない。
私の眼差しを見て決心したのか、ユヅキさんが重々しい口を開いた。そして、次の瞬間。衝撃の言葉がユヅキさんの口から放たれた。
「アイラ。先ずお前は処女か?」
え?
その質問を聞いた瞬間、自分の身体からさっと血の気が引いていくのがわかった。
そして、長い沈黙の後思わず口にも出して言ってしまった「え?」と……
私の「え?」と言う言葉にユヅキさんが少し狼狽えながら口を開いた。
「いや、だから、その…… しょじ……」
「いや!! いやいやいや!! 貴方からそんな言葉聞きたくないです。聞きたくないっ!!」
思わず、叫び声にも似た声を上げてしまう。
違う、こんな変なこと聞いてくるのは私の知ってるユヅキさんじゃない!! 偽物だ、偽物に決まってる!!
ユヅキさんはもっと高潔で誠実な人だもん!! 何時もは悪ぶってるけど、本当は育ちの良い王子様だもん!!
(ああ、駄目だこりゃ…… いままで抑え込んでた乙女の部分が暴走してしまっている…… 自制が効かない……)
そこのギャップが格好いいだもん!!
それなのに酷いよ!! 本物のユヅキさんはそんなことを言わないよ!!
(いやいや落ち着け。乙女のアイラちゃん…… 男は誰しも処女厨みたいなところあるぞ……)
「いや、落ち着けアイラ。これには理由が……」
「うるさい、うるさいうるさいッ!!」
(お願いだから落ち着いてアイラちゃん。ユヅキさんも落ち着いてって言ってるでしょ……)
うぅ……
違うもんユヅキさんはいきなり「処女ですか?」とか聞いてくる変態じゃないもん、この目の前にいるのはきっと偽物だもん。
(いやぁ、多分本物だと思うぞ~)
きっと犬だもん。雑巾みたいな臭いするもん、きっと……
(しないと思うぞ。多分、良いニオイすると思うぞ~)
私は余りの嫌悪感でその場にうずくまってしまった。
ああ、違う違う。
ユヅキさんはそんなこと言わない。
(ほら、落ち着いて落ち着いて。多分なにかしら理由あったんだって……)
「アイラ。そんな所で塞ぎ混んでても始まらないぞ。皆を正気に戻す為だ。冷静になって今一度話を聞いてくれ……」
「違うもん、ユヅキさんはそんなことを言わないもん……」
だって一晩同じベッドで寝てても変なこと一つもしてこなかった紳士さんだよ。処女だのかんだのっていきなり言う訳無いじゃん。
(そうだぞ~ だから、なんか理由が有ったんだよ。冷静になれ~ 冷静なれ自分……)
なんなのよ、もう!!
処女厨め!!
(抑え込め乙女を……)
気持ちが悪いよ!! そんな、処女にしか心を許さないとか、ユニコーンじゃあるまいし!!
あれ? ユニコーン?
(あれ? ユニコーン?)
私は不意に顔を上げて、先程までユニコーンがいた場所に視線を向ける。そこには相も変わらず悠然とし佇まいのユニコーンが立っていた。
……ユニコーン?
私はユヅキさんに視線を戻す。
すると、そこには、ものすごく悲しそうな顔をしたユヅキさんがこちらを心配そうな顔で眺めていた。
尻尾も元気なくだらりと垂れており。耳も悲しげに倒れている。
うっ!! すごく可哀想可愛い!!
不味い、これは完全に私が悪い奴だ。完全に内なる乙女が暴走して、一人で勝手に話をひっちゃかめっちゃかにしてユヅキさんを困らせてしまった奴だ……
まさか、ここまで精神が乙女に侵食されているとは……
「あ、あの…… 因みに、私が処女だったら、どうするつもりなんですか?」
恐る恐るユヅキさんに聞いてみる。すると、その言葉にユヅキさんは分かりやすく反応し耳と尻尾をピンと建て直すと私に向かって凛々しい顔で語り初めて。
ちょっと犬みたいで可愛い。
「ああ、ユニコーンは処女を好む。君が処女ならユニコーンの油断を誘い。その瞬間、俺が一瞬でユニコーンを始末して仕舞おうと言う考えたんだ」
で、で、で、ですよねぇ~
ユヅキさんに限っていきなり。なんの脈絡もなく処女とか言いませんよね~ そうですよね~
思わず冷や汗が垂れるのがわかる。
いかんいかん、精神が乙女になるのは最悪いい。だけど、それで仲間に迷惑をかけるのは絶対に駄目だ。
「ご、ごめんなさい。勝手に変な勘違いをしてしまって……」
「あ、あぁ…… 良いんだ、気にすることはない。そんな反応をしても仕方ない様な質問だったからな……」
うぅ、とっても優しい!! 疑ってごめんなさいぃぃ!! やっぱり、貴方は高潔な方ですぅ!!
思わず、ユヅキさんを抱き寄せる。
ごめんね、ごめんね~
「本当にごめんなさいぃぃ!!」
「や、止めろ!! 抱き付くな!!」
うぅ、やっぱり本物のユヅキさんだぁ!
お日様の香りがする!
「ゴメンねぇ、ゴメンねぇ~」
「さわるなぁ!! そんなことより、お前は処女なのか!? 処女じゃないのか!? どっちなんだ!?」
私はその問い掛けに思わず固まる。
そして、自らの重い口をなんとか、こじ開ける様にして言葉絞り出した。
「……私って、処女なんですかね?」
私の問い掛けにユヅキさんは目を真ん丸く見開いて驚愕の表情を作ってみせた。
ですよね、そう言う反応になりますよね……
本当にごめんなさい……
 




