第六十九頁 グレイス・エルベタリア
目が覚めると知らないベッドの上で俺は眠っていた。
知らない天井が目の前に広がっている。
「す、すごい……」
目の前に広がる景色に思わず声が漏れた。
見知らぬ天井からはワイヤーで吊るされた沢山の植物がこちらを見下ろしていた。
なんだろう、観葉植物だろうか。
俺は頭上でぶら下がる植物達を観察しようと、身体を起こしてみた。すると……
「うっ……」
ほんのりと視界が揺れ、僅かな吐き気と頭痛が襲ってきた。
え!? やだ、もしかして妊娠!?
と、まあ。全く心当たりがないのでそんな訳はないと、自分で自分に冗談を言って笑って見せる。そして、先程のグレイス先生とオーク先生のやり取り、舌戦を思い返す……
我ながら情けない、テンパり過ぎて気絶するとは……
そんな、どこぞの貴婦人じゃあるまいし……
俺は思わず頭を抱えてしまう……
「目が覚めましたか、体調はいかがですか?」
見ると、俺が寝ているベッドの横でグレイス先生が座っていた。そして、こちらを除き込んで来きた。
彼の赤い瞳に自分の姿が移る。
可愛らしい少女の顔がそこには写っていた。
紛れもない、自分の姿だ……
その姿を目にする度に、自分がアイラインと言う少女になってしまったんだと認識させられる。だけど、それも不思議と慣れて来てしまった……
深層心理の中でも、彼女が自分だと認識し初めたのだろうか……
それとも、彼女の意識が違和感も覚えない程に俺を意識を侵食して来たのか……
私は…… 私?
俺は…… 俺?
「大丈夫ですか、まだ顔が優れませんね……」
その言葉にふと我に帰る。
そして、咄嗟に言葉を絞り出す。
「だ、大丈夫です……」
見ると、グレイス先生が心配そうにこちらを眺めている。
なんだろう、この人は……
酷く冷酷で冷徹な様子を普段は見せてはいるが、どこか心の優しさが透けて見える。
時折除かせる、彼の優しげな表情からは若々しい青年のような顔が垣間見える。もしかしたら、彼は結構若いのではないか?
「あの、先生っていくつですか?」
「え?」
こちらの言葉に先生は唖然とした表情を浮かべた。そして、少し驚きながらも答えてくれた。
「こ、今年で二十…… 二になります……」
「すっごい、若いじゃないですかぁ!!」
思わず声をあげてしまった。
二十二歳で学園の講師って凄いんじゃないですか? まあ、よくわかりませんけど!? 多分、凄いと思う!! 少なくとも俺は凄いと思う!!
こちらのビックリした様子を見ていたグレイス先生がおもむろに口を開いた。
「はあ…… では、アイラさんはおいくつなんですか……」
その言葉を掛けられた瞬間、固まってしまった。
そう言えば、私は何歳なんですかね? 見た目としては少女なんだけど、実はただの年増とか、そんなオチがあったりするのかな?
「あ、あのアイラさん?」
硬直しているこちらを他所に、彼が疑問の表情を投げ掛けてくる。ど、どうしよう……
えっとね、あの~
「じ、自分で話を振っておいてなんですが、女の子に年齢の話は厳禁ですよ……」
そう苦し紛れに言うと、俺はグレイス先生に向かって軽くウインクをしてみせた。
本当に、自分で話を振っといてなんなんだよ。我ながら自分の傍若無人さ加減に呆れてしまう。しかも、ウインク一つでどうにかこうにか誤魔化そうとしている。
我ながら、強引にも程がある。
「あ、も、申し訳ありません!」
そんなこちらの考えを他所に彼は申し訳なさそうに頭を下げた。
その光景を見て、今度はこちらが唖然とさせられてしまう。驚いた、なんて生真面目な人なんだ。傍若無人な話のフリをしたのはコチラなのに……
「い、いえ。いいんですよ、気にしないでください!」
「いやはや、申し訳ない。いかんせん、そう言ったことには疎くて……」
そう言うと彼は自らのを頬を掻いてみせた。
よく見ると、そんな彼の頬はうっすらと紅潮している。
なんと言うか、ちょっと可愛い……
む!? いかんいかん。俺は男だ。男の中の男だ。男性相手に可愛いだのなんだの言うもんじゃない。
俺は話を反らすために辺りに視線を泳がせた。
「ふぁ……」
その時になって初めて気が付いたが、部屋全体が観葉植物の様な物達に覆われていたのだ。中には綺麗な花を咲かせている物もある。
その美しさに思わず、見とれてしまう。
そんな俺の様子を察したのか、グレイス先生が優しく微笑んでみせた。
「ああ、これは錬金術の素材になる薬草達です。手頃な物を集めて、私の部屋で育てているんです」
「へえ…… すごい。素敵ですね」
確かによく見ると本棚であったり、机であったりが配置されている。それに机の上には何かの資料なのか、それとも論文なのかわからないが沢山の文字が書かれた書類が山積みになっている。
先生の机って感じがする。それでいて、優しい緑に覆われていて、不思議と落ち着く感じがする。それに、なんだか温もりと感じる。
先生としての真面目な一面もあり。それでいて、ささやかで優しい一面がる。
何処と無く、グレイス先生の部屋って感じがする。
「とっても素敵です」
「ありがとうがざいます。情けないことに、私には魔術とコレしか取り柄が無いもので……」
そう言うと、苦笑いを浮かべ、グレイス先生が後頭部を撫でた。どうして、そんな顔をするのだろうか……
「全然、情けなくなんかないですよ。とっても素敵で凄い事だと思います。それだけ、一つのことには熱中出来る、心血を注ぎ込める事柄が有ると言う事ですから」
思わず、そんな声が漏れる。
自分が何をしたいかもわからない。どうすればいいかもわからない。何が出来るかもわからない。
そんな俺とは全く違う。
「本当にすごいです……」
いけない、いけない。つい悲観的になってしまった。こんな事を言ったって、彼も困るだけだろう。
見ると、グレイス先生が唖然としてしまっている。
ほら、やっぱり困ってるじゃん。
「ははは、すいません。大して、貴方の事を知ってる訳でもないのに……」
「い、いえ……」
グレイス先生のその言葉を皮切りに互い間に沈黙が流れる……
「……」
「……」
いや、気まずッ!!
気まずいですけど、なんか話してくれませんか!!
いや、こう言う時は自分から話をしなければ。間違いなく、気まずいのはお互い様なはずなんだから。取り敢えず何を話そう……
そ、そうだ。結局のところ、俺は合格なのか?
それとも……
「……あ、あの私は合格なんでしょうか?」
「……え、ええ。問題なく合格です。学長からも許しが出ました」
お互いにたどたどしい雰囲気が一瞬流れたが、合格と言う言葉を聞けて、ふっと肩の荷が下りた気がした。
よかった~ なんか凄い揉めてたから、面倒なことになるんじゃないかと思った~
何事もなくてよかった~
こちらの心境を察したのか、グレイス先生は優しく微笑みを投げ掛けたくれている。こちらも、それに答えて笑みを返す。
なんとなく、お互いの間の空気が軟化して行くのがわかる。
その時、はっと何かを閃いたのかグレイス先生は手を叩くと、口を開いた。
「そうだ、先ずは学園を案内しますよ。色々と紹介しなければいけないことも多いですからね。着いてきて下さい……」




