第六頁 草原のオアシス
「は、腹へった……」
まるで往年のジャンプ漫画の主人公の様なセリフを呟くと、俺は思わず溜め息を吐いてしまった。
冷静に考えると昨日、今日とまともに食事を取っていない。腹が減るのなんて当たり前だ。て言うか、しっかり死活問題だ。このままではちゃんと死んでしまう。“働かざる者、食うべからず”なんて言葉があるが、働く前に死んでしまったら話にならない。“食わざる者、死す”である。
もしそうなったら、この物語はここで堂々完結を向かえることになってしまう。
まあ、物語の主人公になんて、なったつもりはないが、少なくとも、こんなだだっ広い草原で、“骨”を抱えて野垂れ死ぬのなんて真っ平御免だ。
「もあ~ もあもあ~」
そんな、俺の考えとは裏腹にマシマロは、呑気な顔で俺の横を歩いている。それはそれは本当に呑気な顔だ。俺が「最悪の場合は、コイツを喰っちまおう!」なんて思っているなんて毛程も思っちゃいない顔だ。
まあ、そうならない為に努力するが最悪の場合は……
「もあッ!? もあもあ~!!」
マシマロは突如何かを見付けたのか、突如として駆け出した。
しかし、残念な事に、このモアナと言う生物、とても走るのが遅い。全然駆けていない。下手したら小学生とかより遅い。だが、本人は至って真面目らしく、凛々しい顔立ちで草原を疾走している、つもりになっている様子だ。
そんな、マシマロの勇姿を眺めながらも、俺は彼が向かおうとしている方向に視線を向ける。
「あ!! すごい!! 農園だ!!」
見ると、遠くの方に建物と、作物を育てている畑が見えた。建物は質素でそこまで大きくはないが、その前に広がる畑はとても広いように見える。明らかに家庭菜園の規模を越えている。多分、農家さんだろう。
なんか、馬鹿なフリしたら野菜とか分けてくれないかな。なんなら、ご飯をご馳走して貰えたりとかしないかな。
まあ、そんな都合の良いことは起きないと思うが。なんとか「畑仕事を手伝うから野菜をほんの少し分けて下さい」は出来ることを願おう。
見ると、畑では人参やほうれん草? 或は小松菜? の様な物だったり。トマトやナスと言った物を育てていた。
異世界ファンタジーよろしく。奇っ怪な作物を育てている事を期待したが、代わり映えしない面子を育てている。それはそれで安心なのだが。もしかして、ここは異世界とかじゃないので? 実はカンボジアとか。
いや、カンボジアがどんなんとか知らんけど、そこら辺にだったりするのでは?
「もあ~」
そんな事を考えていると。マシマロが人参に向かって一目散に走り出した。
ああ、これは不味い。
あの顔は明らかに食べようとしている顔だ。
「めッ!! 駄目だよ!!」
俺のその声に反応し。マシマロはモコモコの身体をビクリと震わせた。すると、俺に悲しげな表情を向けると、大人しくトボトボとこちらに戻って来た。
その姿の哀愁漂うこと、この上ない……
でも仕方ないじゃん~ ここで勝手に食べたら泥棒になっちゃうもん~ ちゃんと、お願いしますって頼んで協力して貰わないと……
「誰だ、アンタ等?」
見ると、畑の縁に腰かけていた老人が、コチラを訝しげな表情で眺めていた。
俺はその老人に向かって……
「すいませんッ!! なんでもしますので、御野菜をほんのちょっぴり分けて貰うことは出来ませんかッ!! ほんのちょっぴりで良いんです!! もう三日間、何も食べてないんです!!」
そして、華麗におでこを地面に擦り付け土下座をして見せる。
実は俺も、もう腹が減って死にそうなんだす。もうなりふり構っちゃいられねぇんです。頼む、食いもんを恵んでくれぇ!! 一次生産者のダンナァッ!!
「ああ!! そんな、キレーな顔地面に着けんな! 頭を上げな、お嬢ちゃん!!」
ハッ!! そう言えば、忘れていた。
俺は今、“アイライン”と言う少女の姿になっているんだった。それも可憐で巨乳の少女に!!
そうだ、この身体ならば行ける、行けるぞ!!
色仕掛けで落とせる。御野菜も貰える。
俺はバッと顔を挙げると老人を見る。
年の頃は七十代くらいだろうか。深く刻まれた様な皺に、綺麗に染まった白髪をしている。服装は農作業用の作業着だろうか、何やらエプロンの様な物を着けている。
よっしゃぁ!! 仕掛けたるでぇ!!
この御老人に色仕掛けをなぁ!!
で? 色仕掛けって何すりゃいいんだ?
突然、ガッと行ってギュッ♡ とかしたら、それはそれで不気味だし警戒するよね? 下心見え見えだよね?
色仕掛け上級者は、そうならない塩梅を突くんだろうけど……
無論、俺は初心者の更に下を行く未経験者だ。その塩梅は、全くわからん。一体、どこまでがやり過ぎで、どこまでがやらな過ぎなんだ?
そんなことを色々考えていたら、我ながら見事な程に思考が停止してしまった。どうしよう……
「あ…… あの…… その……」
我ながら情けない。
悲しくなってくる。
こんな、素晴らしい肉体を与えられて、色仕掛けの一つも、まともに出来ないとは……
なんか、泣きそう……
「ああッ!! 大丈夫ッ!! 心配しなさんな、野菜は分けてやるから、そんな泣きそうな顔すんなって!!」
え? 分けてくれるの?
もしかして、この御老人、すごくいい人?
「い、いいんですか!? ほ、本当に!?」
「ああ、なんたって売る程あんだ。だから、心配すんな!! だから、泣きそうな顔すんな?」
そんな、泣きそうな顔してたの俺……
うう、この感じは色仕掛けは成功しなかったけど、泣き落としの方が成功した感じだぁ。なんか、申し訳ねぇ。犯行の意思が無かっただけに罪悪感が半端ねぇよぉ……
御老人がいい人っぽそうなのも拍車を掛けて申し訳ねぇ……
今度は違う意味で泣いちゃいそうだよぉ……
「ありがとうございますぅぅ。この恩は必ず忘れませからぁぁぁ」
「ああ!! だから、泣くなって!!」
うわ~ん。おりがとう~ お爺ちゃ~ん。