第六十頁 王都、夜の授業
夜風があちらこちらから入って来る。
何故なら、それは窓ガラスは割れているからだ。
俺は思わず肩を震わせると、風が吹きすさぶ窓の方へと視線を向けた。
「さ、さむい…… こ、これじゃあ。風邪を引いてしまう……」
どうにかしないと……
冷えは女性の大敵だ。それに睡眠不足は美容にも良くない。
いや、別に元は男だから、そんなのを気にするつもりは無いんだけど、ちゃんと可愛い顔してるんだから、最低限の手入れはしときたい。
も、勿体ないもん……
その時、肩を震わせる程の夜風が吹くと、それに紛れるように黒い影が部屋の中に入って来た。
「え?」
見ると、そこには黒い狼が立っていた。
一体、どういう仕組みなんだ?
俺は思わず窓の方へと視線を向けた。
明らかに、今しがた入ってきた狼の方が大きい。なのに、なんでするりと入って来るなんて言う芸当が出来るんだ?
もしかして、ゴキブリかなんかなのか?
「ど、どうやってるんですか、それ? もしかして、それも魔法ですか?」
「まあ、似たような物だな。俺は狼の姿と人間の姿になったり出来るだろ? 今のはそれを応用しただけだ」
彼はそう言うと、暫しこちらを眺めるとおもむろに口を開いた。
「そう言えば、お前は魔術を使えるのか?」
え? 使えませんけど?
答えるまでもなかったのか、俺の表情を見ただけで彼は理解したらしく、軽く項垂れて見せた。
「軽い魔術ぐらい使えないと、入学すらままならないぞ……」
「ええ! 本当ですか!?」
思わず、驚きの声を上げてはみるけど、何となくそんな気はしてたので本心ではあんまり驚いてない。それに……
「でも、ユヅキさんが魔法を使えるんですから、私に教えてくれれば良いじゃないですか!! 時間はかかるかも知れないけど覚えて見せますよ!」
そう、この男ユヅキさんなら。きっと、何とかしてくれるだろう。
俺の悩みもズバッと解決したし。ワイバーンの時も助けてくれたし。今回も彼なら助けてくれる。
だって、ユヅキさんって。見た目の割に凄く優しいし面倒見良いもん。きっと、いい先生になってくれよ。
「ね! 私に魔法を、魔術を教えてくださいよ!!」
ユヅキさんは呆れた様な表情を作ったが、直ぐに溜め息を吐くとおもむろに口を開いた。
「まぁ、心配することはない。魔力の操作が出来るんだ。最低限の魔術は直ぐに出来るようになるさ……」
「本当ですか!?」
マジかよ、俺も魔法を使えるようになるのかぁ!!
魔法使いかぁ、ワクワク、ワクワク♪♪
「先ずは君の手に魔力を集めてみろ。何時もやっているように……」
俺は言われた通り、手に魔力を集めてみる。
徐々に手から青白い光が溢れ出てくる。
何時もなら、この魔力を本に流し込むのだが、今回はどうするのだろうか……
不意にユヅキさんの方を見ると、彼は何やら満足そうに頷いている。
「よし、それが出来れば問題はないだろう。次は本題に移るぞ……」
こうして狼さんによる夜の授業が始まった。
「よし、先ずはその魔力を炎に変えて見せろ」
目の前でお座りしている狼が大真面目な様子で、そう口にした。その顔は完全に真面目な顔をしている。とても凛々しく狼然としている。
狼然としているってなんだろう?
いや、それより。
そんなこと言われても、いきなりは出来ないよ……
俺のそんな様子を察したのか、ユヅキさんは少し考える様に顔を傾けて見せた。なんか、犬みたいで可愛いな……
やがて、おもむろにその口を開いた。
「これは想像力の問題だ。マッチに火をつける様な感覚だ。魔力がマッチの先の様に燃え上がる想像をしろ。そして、それを魔力に投影するんだ」
そんな、ボッと着く訳あるかいな。
そんなガスみたいに……
と、そう思った矢先。蒼い光が瞬く間に炎へと姿を変えた。
「はえ!!」
思わず反射的に手を引いてしまった。
その瞬間、炎は霧散し空気中に溶けてしまった。
「大丈夫だ、安心しろ。自分の魔力で出した炎で火傷することはない。今度は出した炎を維持するんだ」
「え!? あ…… は、はい……」
俺は再び魔力を手に集めてみる。
そして、先程の様に炎が着くイメージを頭の中に浮かべる。
その瞬間、手の中で炎が暖色の光を放ちながら燃え出した。
確かに、熱くはない。
熱くはないけど暖かい。
「よし、それに魔力を少しずつ補充し、炎を維持しろ。魔力量が多いと炎が暴走する気を付けるんだぞ……」
な、成る程ね……
俺は言われた通り、魔力を込める。
少しずつ、ほんの少しずつ。
「やっぱり。大して心配する必要もなかったな。本来なら魔力自体が炎や水、あるいは雷や風に変化するイメージが出来ると手っ取り早いんだがな……」
ユヅキさんはそう言うと俺の手の中で燃え上がる炎を見た。
「まあ、そのイメージは直ぐに固まるだろう。それに、この分なら、門前い払いにはならずに済むな」
「ほ、本当ですかッ!?」
俺の問い掛けにユヅキさんは大きく頷いて見せた。
やったー!! まさか、こんなに簡単に魔法を使える様になるなんて、うれしい!! もしかして、私って天才!!
うっ、また私って言ってた……
いかんいかん、我を忘れるな……
その時、不意に鼻がくすぐられた様な感覚に襲われた。
そして……
「くちゅん……」
驚きだろ? 今のくしゃみの音なんだぜ、しかも俺の……
なんて、可愛いくしゃみをするようになっちまったんだ俺は……
もっと「ハーーークショーーーイッッ!!!」みたいなのが出ればいいのに……
「風邪でも引いたのか? ここは寒いからな無理もないな……」
そう言うとユヅキさんは呆れたように割れた窓ガラスの方に視線を向けた。無論、そこの窓ガラスは割れており、夜風がビュービューと入り込んできている。
でも、まあ仕方あるまい。
「取り敢えず、今日は出来る限り暖かくして寝ますよ」
「暖くって、どうするつもりなんだ?」
ユヅキさんはそう言うと、不思議そうな顔を浮かべながらこちらを眺めた。俺はそれに答える様にベッドの敷かれていた布団にくるまって見せた。
「こうです」
「それで暖かいのか?」
ぶっちゃけ、全然暖かくない。布団もペラペラで薄ら寒い。
どうしよう。これじゃあ、風邪引いちゃうよ。
なんなら、凍え死んじゃかも……
俺の様子を見て呆れ果てたのか、ユヅキさんは溜め息を吐くとおもむろに立ち上がって見せた。
そして、呆れた顔で俺に一瞥くれると、立ち去ると思ったが……
次の瞬間、彼は俺のベットに飛び乗るとそのまま寝転んで見せた。
「今日は特別だ。俺が布団の代わりになってやる。明日からは防寒具でも何でも用意するんだな。それか、さっさと学園に行くんだな……」
そう言うと彼はゆっくりとまぶたを閉じた。
それと共に部屋の中には沈黙が訪れた……
こ、これは……
い、いや、細かいことは考えるな。これは細かいことを考えてはいけない奴だ……
そう、ちっちゃいことは気にすんな♪ ワカチコ♪♪ワカチコ♪♪ アイラ、もう寝るの~♪
「おやすみなさい」
俺は、もうどうにでもなれと思いながらベッドに寝転んだ……




