第五頁 モコモコ生物の名前はモアナ
「もあ~ もあもあ~」
見ると先程のモコモコの生物がキョトンとした顔でこちらを見上げていた。
俺はもう一度群れのあった方向を見ると既に草原の彼方へと移動してしまったらしく群れは何処かへと姿を消していた。
「もあ~ もあっふ~」
「いや、もあっふ~ じゃなくて。群れからはぐれちゃってるよ! 迷子になっちゃったよ?」
もしかして俺のせい?
冷静に考えてみるとそんなことを語り掛けた所で伝わる訳もなく。モコモコの生物は構わずと言った感じで俺の足にまとわりついてきた。それに驚き俺は思わずバランスを崩しそうになった。
「もあ~」
「ちょっ、ま、待って。待ってって、おわっ!!」
結局バランスを崩して盛大に尻餅をついてしまった。我ながら情けない。こんなモコモコに遅れを取るとは……
見ると、当の本人は相も変わらずキョトンとした顔でこちらを見詰めている。
全く呑気な顔しやがって。
可愛い奴め、撫で回してやろうか。
撫で回し人形にしてやろうか。
「もあっ、もあ~」
するとモコモコは俺の抱えている物に視線を移すと食べようとしているのだろうか、その口でテントの生地を咥えると力一杯引っ張り出した。
「もあっ、もあっ!!」
「駄目だよ! これは食べ物じゃないよ! 多分、ばっちいよ!」
って、こんなこと言っても伝わる訳無いんだけど何故だか言ってしまう。
そして、そんなことを考えてる間もモコモコは俺の抱えている物を奪い取ろうと躍起になっている。
もうなんか面倒になってきたので放してみる事にした。
押して駄目なら引いてみなって奴だ。
効果は覿面だったのか、いきなり抵抗力を失ったモコモコは自分のテントを引っ張る勢いのまま後方にぽてんぽてんと転んでいった。
まあ、そのせいでテントに包んでいた骨がずろ~んと飛び出し草原に広がってしまった。
ついでに言うと本も草原に落ちた。
俺は直ぐに骨をかき集めテントに包む。そして再びモコモコに引っ張られない様にと頭の上に乗せる。
モコモコはそんな俺の様子をやはりキョトンとした様子で眺めている。そして不意にモコモコが俺ではなく違う物に視線を向けだした……
それは、先程の骨と一緒に草原に落ちた本だった。
その光景を見て俺は思わず声が出た。
「それは駄目!! 食べちゃ駄目だよ、駄目駄目駄目!!」
思わず叫び声にも似た声が飛び出してしまう。
流石にその本はマズイ! 明らかに重要アイテム! 食べられでもしたら、どうなるかわかったもんじゃない。
黒ヤギさんたら読まずに食べたじゃ、きっと済まされない。
「絶対に食べちゃ駄目だよ!」
そんな、俺の声も虚しくモコモコは覚束無い足取りで歩くと本を見下ろした。そして、クンクンと臭いを嗅ぐ様な仕草をする。
ああ、不味い不味い。食べられちゃう、食べられちゃうよ!!
その瞬間モコモコはゆっくりと口を開けるとその口を本に近付けて行った。
あぁ、マズイッ。食べられちゃう!!
「めッ!! 食べちゃダメッ!!」
一か八かで腹から声を出しモコモコを威嚇する。
しかし、その瞬間思ってもいなかった現象が起きた。
突如として本が青く輝き出したのだ……
まるで本から青い霧が溢れ出す様に次から次へと光が溢れ出している。その異常な光景に思わず言葉を失ってしまう。
モコモコは相も変わらずキョトンとした顔をしているが心無しか驚いた様な顔をしている。そんな気がする。
そして暫くするとその光は何処かへと霧散し何事もなかったかのようにただの本に戻った。
「な、なんだったんだ。今の……」
俺は思わず声を漏らした。
と、そんな事をしている間に、モコモコは再び本を食べようと口を開いた。
「ダメだよ!」
咄嗟に声が出てしまう。
もしかしたら再び本が輝き出すかと思ったが、そうはならなかった。しかし、先程とは違った現象が起きた。
モコモコが俺の言葉に反応するかの様に動きを止めたのだ。
取り敢えず、その隙に俺は急いで本を回収する。
その間もモコモコは俺を視線で追っていたが、邪魔をしてくる事はなかった。
ふう、まったく。危うく本を食べられてしまう所だった。
どこか齧られてないかとページをペラペラと捲って行く。どこも齧られていない。相変わらず白紙のページだらけだが、どうやら本自体は無傷の様だ。
「あれ?」
しかし、あるページを開いた時に俺の手が止まった。
なんと、そこには白紙ではない見たことないページが追加されていたのだ。そこには【モアナ☆☆☆】と書かれており。その更に下には、今まさに目の前にいるモコモコの生物の肖像画が描かれていたのだ。
ま、間違いなく、このページも白紙だったはず……
なのに、何で……
【モアナ☆☆☆】
【警戒心が薄く好奇心旺盛な性格をしており、天敵である魔物にすら近づいて行ってしまい食べられてしまう事が多々ある。その体毛は非常にキメ細やかで丈夫である事から、高級品とされており高値で取引されている。警戒心が薄いからか密猟者にも非常によく狙われている】
あのモフモフはと言った感じらしい。見ると、件のモコモコの生物が俺の目の前でキョトンとした顔しながらコチラを見上げていた。
「そうかぁ、君は好奇心旺盛なのかぁ……」
それで天敵に食べられたり、密猟されたりとか可哀想な子だな。まあ、可哀想なのか底無しのアホの子なのか、ぶっちゃけわからないが少なくともこの“モアナ”とか言う生物が脅威で無いことはこの文章から痛い程に感じ取れる。
それに……
「お手!」
「もあッ!!」
俺が手を出すとそれに応じるように蹄の無い足を差し出し応対して見せる。そして満足そうな顔をこちらに向けてくる。
「おまわり!」
「きゃう!」
そう言うと、モアナはクルリと満足そうな顔でコチラを見て来た。
何故だかわからんが、突然言う事を聞いてくれる様になった。全く意味がわからない。誰かチュートリアルの一つでも用意しておいてくれないだろうか。
まあ、それは仕方ないと思いながら草原を見渡す。
もはや、モアナ達の群れは見当たらない。そして先程のモアナの詳細を読んだ感じから推測するに、この子は多分だけど群れに帰れない。
何故なら、詳細文からして相当アホっぽいから。
多分、群れに帰る途中とかに魔物に食べられちゃうと思う。俺が面倒見てあげないと、そこら辺で死んじゃう気がする。
俺が守護らねば……
最初は関わるつもりは無かったが、ここまで来たら面倒を見てやるしかあるまい。むしろ、これでそこら辺に放置するなんてことしたら、それの方が無責任も甚だしい。
「は~い。モアナちゃ~ん。こっちおいで~」
「もあ~」
俺がそう言うとモアナはヨテヨテと覚束無い足取りでコチラに歩いて来た。
うん、やっぱりコイツは見た感じ、一匹じゃ生きていけんぞ!
やっぱり俺が面倒見よう。それがいい、なんてったってモコモコで可愛いし。
よし、そうと決まれば名前を決めよう。とは言っても、実はもう決まってるのだがなッ!
「うむ、君の名前はマシマロだ!!」
「もあまろ!!」
マシマロは嬉しそうにピョイっと飛び上がってみせてくれた。
うん、可愛い。完璧。
「よし、行くよ。マシマロ! 冒険に出発だよ~!」
「もあッ!!」