第五十三頁 野宿
「お~い。俺、シルバーになったんだぞ。少しは褒めてくれてもいいだろ~」
相変わらず飽きもせずにそんなことを呟くザックさんを尻目に俺は空を見上げた。
見ると、空はすっかり日も暮れており。夜空となった空には二つの月が姿を現していた。
俺達は今、鬱蒼とした森の中で焚き火を囲み、野宿と洒落混んでいた。シルバーだのなんだのよりも、現在の状況の方が俺は気になってたりする。
「あの~ こんな森の真ん中で野宿なんてして大丈夫なんですか?」
俺はザックさんを無視し、ロランさんに問い掛けてみせた。
ロランさんはと言うと、焚き火に木の枝を投げ入れると首を横に振ってみせた。
それはつまり……
「大丈夫じゃないです。なので、交代しながら寝ずの番をするんです」
そう言うと、ロランさんはニッコリと微笑んだ。
思わず俺は苦い顔をしてしまう。
寝ずよ番か嫌だな……
「安心して下さい、アイラさんは休んでていいですよ。女の子なんで無理はさせられませんから。寝ずの番は僕とザックさんの二人でやりますよ」
俺はその言葉を聞いて更に苦い顔をしてしまった。
それはつもり。俺だけサボってると言うことではないか。
そんなのが許されて良いのか?
俺は姫プって奴が嫌いなんだ。
特別扱いなんてされて堪るものか!
「私も寝ずの番やりますよ! 特別扱いなんてしなくて大丈夫です!」
俺の言葉に、ロランさんが驚いたような表情を見せた。
そして、直ぐにその顔を難しそうに歪めて見せた。一体、何故に難しそうな顔をしているのだろうか。別に良いじゃろう、俺にも寝ずの番をさせてくれよ。その方が、みんなラクだろうに……
「アイラ、お前は休んでろ……」
俺が疑問に思っていると、不意にザックさんが口を開いた。
俺はおもむろに、ザックさんの方に視線を向けると、彼はとても真面目な表情をしてこちらを眺めていた。
「な、なんでですか?」
「お前は女だ。言っちゃ悪いが、体力は俺達より明らかに無い」
思わず口をつぐんでしまう。
正直、何も言い返せない。
確かにそうだ、それは変え様の無い事実だ。男の身体を知ってるからこそ、それは身に染みて感じている。
でも、それがなんだって言うんだ……
俺が口を開こうとした瞬間、それを遮る様にザックさんが語り出した。
「明日も、その次の日も野宿の時間を除けば行軍だ。お前の体力で寝ずの番なんてしたら、行軍の方に支障が出る。そしたら野宿の回数が増える。野宿の回数が増えるって事は夜を越える回数が増えるってことだ。それは絶対に避けたい。俺の言ってる意味はわかるな?」
「う……」
思わず黙ってしまう。
確かに、睡眠不足の状態でまともな行軍を出来るかどうか。正直、今の俺でもわからない。
それに、野宿の回数が増えると言うことは、もっとも危険な夜の回数も増えると言う事だ。
下手したら、それは死に直結する可能性がある。
だから、ザックさんは野宿の回数は極限にまで減らしたい。
彼等の言ってることは間違っていない。
「……わかり、ました」
我ながら、完全に足手まといだ。
やっぱり、女の子の身体とはか弱い物だ……
俺の不満そうな顔に気がついたのか、ザックさんが呆れた様子で笑ってみせた。
「なに、なんかあったら起こすさ。その時は頼むぜ、召喚師さん」
「ええ、頼りにしてるんですから。召喚師さん」
そう言うと二人は俺には向かって笑って見せてくれた。
私は彼等の言うとおり、しっかりと身体を休め、次の日の行軍に備えることにした。
そのお陰で次の日の行軍は、しっかり睡眠と休息を取ることが出来た為、辛くはあれど、なんとかこなすことが出来た……
「さあ、野宿の準備だ。燃えそうなモンをかき集めてくれ」
鬱蒼とした森の中。ザックさんが荷物を下ろしながら、そう口にした。昨日、今日とかなり歩いたハズだが、まだ森を抜けていない。
「あぅ、疲れた。まるで足が棒の様ですぅ」
まったく、この森は一体どれ程大きいのだろうか。地図とかないのか?
俺は荷物をなんとか下ろすと、その場にへたりこんだ。
既に日は暮れ初めており、空は真紅に染まっている。
彼方には双子の月も顔を出し始めている。
そして、森の木々達は夜が訪れるに伴い、暗闇の領域を広げ始めている様に見える……
速く、灯りを確保しなければ……
よし、俺も枝だのなんだの拾って来るか……
そう思い、立ち上がるとザックさんが俺に向かって口を開いた。
「アイラ、お前は荷物を見といてくれ!」
え? と、一瞬だけ思いはしたが、確かに荷物の番は必要だなと、一人で納得して見せた。
なので、俺は黙ってもう一度地面に座り込んだ。
多分、ザックさんは俺に遠巻きに休めと言っているのだろう。
「じゃあ、頼んだぞ、アイラ!」
「……はい」
そう言うと、ザックさんとロランさんの二人は森へと消えて行った。
……やはりというか。かなり気を使わせてしまっているな。
全く、情けない限りだ。こうも女の子身体が弱々しいとは思わなかった。
ぶっちゃけ、俺はそんなに酷くない方だと思うが。どうしても男性陣には遅れを取ってしまう。どうにかして、もっと強くならなければ……
「はぁ……」
思わず溜め息を吐いてしまう。
そんな、俺の暗い感情と呼応するかの様に、空は段々と明かりを失っている。
「ん? あれ、なに?」
俺は思わずそう口に出していた。
見ると、何かが空を翔んでいたからだ……
それもかなりの大きさの物だ……
しかも、それは徐々に大きさを増している……
もしかして……
「こ、こっちに来てる!!」
咄嗟に本を手に取り開くと、直ぐ様アイゼンさんを目の前に呼び出した。そして、直ぐさま彼の甲羅を盾にするように身を隠した。
その瞬間。凄まじい突風と共に空を翔ぶ物の正体が飛来した。
さらに、それと同時に本が独りでに耀き出した。
「こいつは……」
空から飛来した“それ”は優雅に羽ばたくと、アイゼンさんの甲羅の天辺に足をゆっくりと置いてみせた。
そして“それ”は悠然としたたたずまいと眼差しで、こちらを見下ろし、ゆっくりと大きな口を俺に近付けて来た。
不意に恐怖が呼び起こされ、身体が硬直する。
そう、まるでこの感覚は“あの洞窟”の時と一緒だ。
「ど、どうして……」
その時、気が付いた。
似ているんだ、そっくりなんだ“あの洞窟”から覗いて来た瞳と……
不意に“それ”の鼻息が私の顔に吹き掛かる。その力強い息吹に髪や服が後ろに流れて行くのを感じる。
目の前に“死”がいる。
“それ”は大きな口を開くと、こちらに鋭く尖った大きな牙を見せてきた。
そして、それは徐々に私に向かって近付いて来た。
徐々に牙が近づいてくる……
ああ、私はここで死ぬんだ。
こんな風に死ぬくらいだったら。変な意地張らずに、恋愛の一つでもしたかったなぁ……
こちらのそんな想いとは裏腹に“それ”の牙をどんどん近付いて来る。そして、私の身体に牙が触れるか触れないかの刹那。彼方から私の意識を呼び戻す様な咆哮が響き渡った。
それは狼の遠吠えだった。
その瞬間、黒い影が“それ”に飛び掛かった。
余りの速さで視認は出来なかったけど、それの正体はわかる。
ユヅキさんだ!!
私は咄嗟に本をめくり“それ”が描かれたページを開いた。
そこには大きな翼に蛇の様な鱗を纏った翼竜が絵描かれていた。
【スターティノッシュワイバーン★★★】
【対となった足と翼が特徴的な竜種。非常に知能が高く狂暴。大空からの滑空を得意とし、その最高速度からの滑空で獲物を掴み取り、そのまま喰らう。純然な竜種と並べるとその強靭さは劣るが、自然界に置いては他にも並ぶ物はまず居ない】
「ワ、ワイバーン……」
私は目の前で暴れ狂う“それ”に視線を向けた。
大きく巨大な身体、規則正しく敷き詰められた蜥蜴の様な鱗に長い尻尾。そして、コウモリの羽の様な大きな翼。
そして、ドラゴンと言って差し支えない凶悪で威厳のある恐ろしい顔。最後には、こちらを畏怖の感情で包み込む様な、鋭いその瞳。
何て恐ろしいのだろうか、だけど……
だけど、こんな所で怖じ気づいてる場合じゃない!!
私は目の前の巨大なワイバーン。その首元に噛みついている一匹の狼に視線を向けた。
とても大きく、綺麗で黒い艶の毛を持つ狼。
間違いない。やっぱり、ユヅキさんだ!!
「私だって戦うんだッ!! 戦わなくちゃッ!!」
私は本に手を重ね、ありったけの魔力を彼に送り込んだ。
 




