第五十二頁 旅立ちの日
なんだか、少し誇らしい。
俺がそんな気持ちを胸にしまっていると、ユヅキさんが思い出したかの様に口を開いた。
「そう言えば、お前はどうしてここに来たんだ? なんか用事でもあったのか?」
「あ! そうでした!!」
危うく忘れる所だった。
遂に学園へと向かうと伝えに来たんだった。
俺はユヅキさんに視線を向けると、意を決して口を開いた。
「実は、お金がある程度貯まったんで、学園へ向かおうと思ってるんです。それで……」
「おう、良いじゃねぇか…… それで?」
ユヅキさんがキョトンとした顔で、こちらを見下ろしている。
まさに「それがどうしたよ?」って顔である。
うう、この人の場合。問題はここからなんだよな……
俺はどうしても、この人に着いてきてもらいたい、そう思ってる……
我ながら、気持ちが悪い……
俺は男なのに……
勿論、ユヅキさん相手に恋愛感情とかは無い。無いと思う。それにザックさんやロランさんが一緒に来てくれるのは心強い、二人が心細いと言う訳じゃない。
だけど、この人は魔術の知識や思想、人生の経験者として一緒に来てくれると非常に心強い。
ザックさんやロランさんの二人とは、まったく違う意味で心強いんだ……
だから、なんと言うか、居てくれるだけで安心感がある。
勿論、ユヅキさんがスラムの住人達を纏めなくちゃいけないのも理解してる。それでも、出来るものなら一緒に行きたい……
「あの…… それで、ユヅキさんも、私と一緒に来て貰いたいと思いまして……」
我ながら小っ恥ずかしい。
外面は少女とは言え。中身は男だ。なのに、こうも恥ずかしい様を見せてしまうとは……
自分の顔が赤くなっているのが、なんとなくわかる。
「おう。勿論、着いていくぜ!」
「え? でも、ここをまとめなくちゃ行けないんじゃ……」
ユヅキさんのあっさりとした返事に、俺は思わず声を漏らしてしまう。
そんな俺の様子を他所に、ユヅキさんは笑いながらドランさんの背中を叩いた。
「それに関しちゃ問題ない。ドランが上手くやる」
ユヅキさんの言葉にドランさんが確かに頷いてみせた。
二人の様子を見るに、初めからそう言う予定だったみたいだ。恐らく、ある程度の流れは予想していたのだろう。
「俺はもうお前の召喚獣なんだ。お前に付き従う……」
「そ、そうですか。それなら、良かったです……」
流石はユヅキさんだ、大人だなと思わざるをえない。
これが大人の包容力と言う物だろうか、安定感が凄い。
俺はひと安心すると、ほっと胸を撫で下ろした。
しかし、ユヅキさんはそんな俺に顔を近づけると神妙な面持ちで口を開いた。
なんだろう。まだ、何かあるのだろうか………
「ただ、俺はお前のツレに面が割れてる。一緒にいると少し面倒な事になるかもしれない……」
「ええ? そうなんですか?」
ちゃんと話し合えば仲良く出来るんじゃないのかな? 違うのかな? しかし、そんな思いも程々に俺はある考えを思い付いた。
「そうだ、私の本の中で待機してれば良いんじゃないですか?」
俺が何の気なしにそう口にすると、ユヅキさんはゆっくりと首を横に振って見せた。
「お前がそう命令するなら従うが。出来るものなら俺は外にいたい」
その時、自分が息を飲んだのがわかった。
「そ、そうですか…… わかりました」
「ああ、俺はお前等を後から追う。だから、お前等は先に行っててくれ」
ユヅキさんはそう言うと笑って見せてくれた。俺はその笑顔に応えると、二人に別れを告げ、その場を後にした。
そして、帰り道で彼の言った事を思い返した。
そうだ、改めて考えてみれば、この本の中に入っている事は彼等にとって一体どういう意味を持つのだろうか。
もしかしたら、俺は苦痛や孤独を強いているのかもしれない……
もしかしたら、俺と彼等は所詮は召喚師と召喚獣の関係なのかもしれない……
もしかしたら、ユヅキさんもそうなのかもしれない。
所詮は召喚師と召喚獣の関係……
なんだろう、そう思うと胸が苦しくなる様な、そんな気持ちがする。この苦しみの正体はわからないけど、とっても嫌な感じがする……
「もしかしたら、私は……」
不意に口から出そうになった言葉を急いで飲み込むと、急いで今しがた頭を過った考えを振り払った。
それでも胸の中に産まれた苦しみは消えずに残っている。言い表せない感情……
この感情は一体何なのか……
一体、この感情をどうすればいいのか……
そんな感情を胸に私は帰路へと着いた。
なんだか、その日はそのまま一抹の不安を抱えたまま寝付きの悪い夜を過ごすことになってしまった。
そして、不安を心に抱いたまま、遂に旅立ちの時がやって来てしまった。
「二人共、これをどうぞ」
そう言ったのは、俺が初めてギルドに行った時にいた、栗毛の受付嬢だった。そんな彼女の手には、二つの認識証が握られている。
「それは?」
「新しい認識証になります。ザックさんは“シルバー”。アイラさんは“アイアン”です。御二人の業務実績を鑑み、ギルドから正式に昇格の運びとなりました。認識証は現在お持ちの物と引き換えになります。どうぞ、お受け取り下さい」
受付嬢がそう言うと、俺には鉄色の認識証を手渡して来た。取り敢えず、俺は待っていた銅の認識証を受付嬢へと返して、新しい認識証を受け取った。
これは俗に言う“ランクアップ”と言う奴だろうか?
見ると、受付嬢は直ぐにザックさんの元へと向かい、銀色に光る認識証を手渡した。その際に、彼女がザックさんの手をギュッと包み込んだのが視線の端で写った。
そして、何やら親密な様子で二言程会話交わした。
受付嬢はなにやら頬を赤らめ、ザックさんは鼻の下をだらしなく伸ばしている。
こ、これはッ!! まさかッ!!
俺は、何やら見てはいけない物を見てしまった気がしたので、急いで視線を反らした。
その時、不意にロランさんと目が合った。
すると、何故かロランさんも俺から目を反らして明後日の方向を向いた。
なんじゃこりぁ。
これじゃあ、まるで三角関係じゃないか。
俺は思わずゲッソリしてしまう。
もう勘弁してくれよ、コリゴリだよ。
俺は正真正銘の男の子なんだよ。
まあ、今は女の子になっちゃったけど。
「ふい~ 待たせたな二人とも」
そう言うと呑気に逢瀬を満喫して来た男がやって来た。
別に待ってはいないんだが。ここで「別に待ってないです」とか言うと完全にヤキモチを焼いている女の子みたいになってしまうので俺は黙っておく。
沈黙。それが正しい答え……
「おい、何黙ってんだよ二人とも!」
そう言うとザックさんは、ロランさんと肩を無理矢理組んで見せた。
そして、先程受け取った銀色の認識証を見せ付けながら、嬉しそうに不敵な笑みを浮かべた。
「遂に俺も“シルバー”だぜ。どうだ、ロラン。羨ましいだろ」
「はいはい、羨ましいですよ……」
ロランさんはそう言うと、ザックさんの手を振り払うと歩き出した。しかし、その表情はどこか嬉しそうだ。
「どうだ、アイラも羨ましいだろ?」
ザックさんは再びそう言うと、俺に銀の認識証をこれ見よがしと言わんばかりに見せてきた。俺はそんな彼に先程のロランさんと同じ様に「はいはい、羨ましいですよ」と言うと、ロランさんの後を追った。
「おいおい、待てよ二人とも! シルバーだぞ! シルバー!! かなりの凄いんだぞ~!!」
背後でザックさんの声が聞こえるが、それを無視して俺とロランさんは新たな旅へと向かって歩き出した。
一抹の不安はある。だけど、俺にはザックさんやロランさんの様な心強い仲間がいる。きっと、この不安もいつか解消出来るはずだ……
そんな希望を胸に、俺は新たな冒険へと足を踏み出した。
 




