第四十七頁 ユヅキと私……
「ほほほ、失礼しました。こちらのユヅキ殿は数世代前に獣王との国取りに敗れた氏族。その族長の末裔なんです。まあ、人狼と言う種族の王族ですな」
王族ってことは、えっとユヅキさんは……
えぇ!? ちょっと待って、ユヅキって、まさかの王様キャラ!?
「と言うことは、ユヅキさんは人狼達の王子様なんですかぁ!?」
俺が思わずそう口にすると、ユヅキは大きくかぶりを振るってみせた。そして、特大の苦虫を噛み潰したよう表情を浮かべた。
苦々しいと言うか、忌々しいと言った感じの表情だ……
「やめてくれ。そんなもんは過去の栄光だ。じじい共の世代の話だ。今の俺はただ一匹の人狼だ……」
そう言うとユヅキさんは忌々しいと言った様子で顔を背けた。
ただ、その立ち振舞いや知識は確かに王族の血筋と言われれば、どこか納得出来る物がある。
召喚術や魔法学園等の知識や、本人自体が魔術を操る素質。そして、何よりスラムの住人を束ねるカリスマ性。
だが、それを王族の血筋に依る者と断言してしまうのは彼への冒涜だろう。恐らく、彼は彼自身の力でここまで生きて来たんだろう。それを王族の血だの、なんだので片付けられては堪ったものではないはずだ。
「そうですね。ユヅキさんはユヅキさんですものね……」
「ああ、わかってるじゃねぇか。王族だの、なんだのは関係ない。俺は俺だからな……」
そう言うと彼は俺に笑顔を見せてくれた。
不覚にも、その笑顔に少し胸に来る物があった。
恐らく、純粋に一人の男として好感が持てたからだろう。
王族としての地位も歴史も失ったが、その芯に残る気高さと誇りは失っていないんだ。
そして、それは王族故の物ではなく、彼が彼である故の強さ気高さなんだ……
その時、アイゼンさんがおもむろに口を開いた。
「一度、その身に栄華を知りながら。尚もその気高さを失わないとは、真に気高き魂をお持ちなのですな」
「んな高尚なもんじゃねぇよ。所詮はじじい共の世代の話だ。俺は栄華だの、なんだのってのは知らねぇよ」
そうは強がっているが、恐らくそうではないだろう。
俺だって、自分のお爺ちゃんの世代の話は聞いたことがある。きっと、彼も色々と話は聞いたはずだ。
それこそ、過去の栄光を、栄華を……
それなのに……
「貴方は本当に強いんですね……」
気付いた時、私は思わず呟いていた……
今まで、圧し殺していた不安が漏れるように、自然と言葉が次から次へと溢れ出てい行った……
「貴方ならきっと、どんな状況でも強く気高く生きていけるのでしょうね……」
一度、溢れ出した言葉は濁流の様に留まる事を知らず。感情と言う土砂を乗せた土石流の様に押し寄せ、口から漏れ出ていく……
「私には過去があるかもわからないんです。自分が何者かもわからないんです、それがどこか不安で…… 不安で不安で仕方がないんです。私は誰なのか。これから、どうなってしまうのか。これから、どうすればいいのか。それが、わからなくて不安で不安で仕方がないんです……」
こんなことを言って何かが解る訳でも、解決する訳でもない。ただ、彼に必要のない心配をさせるだけで、唯のヒステリーでしかない……
なのに、それでもどこかでこの感情を吐露しないと耐えられないと感じてしまった。
自分が誰であるか、何をしてきた者なのか。それがわからない不安。これからどうすれば良いのかと言う不安。
それが、私の中ではどうしようもなく酷く大きくなってしまっていた。
そして、心のどこかで、この不安を彼ならどうにかしてくれるんじゃないかと思って、助けを求めてしまっている。
「ユヅキさん…… 私は…… 私は一体……」
過去に縛られず、確固たる自分を持って強く気高く生きている彼ならばと……
その時、ユヅキさんの怒号が響いた。
「まどろっこしい事、言ってんじゃねぇぞ!!」
その怒号に、私は思わず我に帰った。
見ると、彼は真剣な眼差しでこちらを見ていた。
彼は、私と視線が合うまで、こちらをずっとずっと見詰め続けていた。
その視線から逃げるように目を逸らすが、彼はそれでも一向に視線を逸らさず、こちらを真っ直ぐと見詰め続けている。
私が恐る恐る、視線を合わせると彼は大きく頷いて見せた。
「お前。俺にアレだけの啖呵を切った女がその体たらくでどうすんだ。俺はこんな情けねぇ女に負けたのか? ちげぇだろ!?」
彼の視線が真っ直ぐとこちらを射ぬく。
その鋭い視線に、思わず唾を飲み込んでしまう。
彼は怒っているのか、それとも……
「ご、ごめんなさい……」
「ちげぇ!! そうじゃねぇだろ!? お前自身に過去が無いなんての知らねぇよ!!」
彼の凄まじい剣幕に思わず後退りして逃げてしまいそうになる。だけど、ここでそれをしてはいけない気がする。逃げてはいけない気がする……
ここで逃げても、現実は待ってはくれないぞ……
真っ直ぐとこちらを見つめる彼の目が、そう言っている気がする。
だから、逃げるんじゃねぇぞ、目を逸らすんじゃねぇぞと、そうも言ってる気がする。
「アイラ、お前が今を生きてるのは未来の為だろ!! 未来を笑って生きる為に、今を生きてるんだろ!! それに過去が関係あるってのか!? 違うだろ!? 肝心なのは今だろう!?」
彼の瞳の奥から熱い何かを感じる。
そして、それが私の中に流れて来るのを感じる。
とても、暖かい何かが、私の中に流れ込んでくる。彼の強く気高い魂が、まるで、私の中の不安を溶かしていく様に……
なんだろう、これは……
なにか、見えない絆で繋がっている様な不思議な感覚がする。
これは彼が私の召喚獣だからなのだろうか。
「過去ばっかり見て生きてるんじゃねぇぞ。それはもっと年老いたじじい共のやることだ。俺達は前を見て未来に向かって生きるんだ。俺に啖呵を切った女なら、それが出来るはすだ。それともなんだ。それは俺の勘違いだったか!?」
そう言った彼の目がこちらを再び射ぬく。
鋭く痛い程に強い視線。
でも、わかる。
この人は怒ってなんかいない。私の事を励ましているんだ。激励して鼓舞して発破を掛けているんだ。
いまなら身に染みてわかる……
この人の本当の強さが、本当の気高さが……
そして、不器用だけど誠実で、痛い程に真っ直ぐな優しさが……
そうだ、まったく。
私は何を悩んでたんだ。
目の前にこんなに頼もしい手本がいたんじゃないか。そうだ、彼の様になるんだ。強く気高く、そして優しく。
過去になんか縛られず、未来の為に生きる。
そうすればいいんだ。
過去がなくったって良い。
これから笑って過ごせるような未来を作ってやればいいんだ。
私は彼の目を見つめ返した……
今の私に出来る限り力強く、真っ直ぐと彼を見つめ返した……
「どうやら、もう大丈夫なようだな……」
先程までと同じように、彼はこちらを見つめ返した……
だけど、その瞳は先程までとは打って変わり、どこか言い様のない優しさを感じる。きっと、これが彼本来の瞳なのだろう。
強く優しく、綺麗な瞳。
黄金色に輝く気高い瞳。
もう、大丈夫……
「もう大丈夫です。私はもう迷いません。真っ直ぐ、未来に向かって生きています!!」
私がそう言う、彼は眩しい程の満面の笑みをこちらに向け、力強く頷いてくれた。
その笑みに思わず私も嬉しくなって笑ってしまった。
うれしい、ありがとう、ユヅキさん。
貴方のお陰で私……
あれ? 私?
いやいやいやいや、完全に雰囲気に流されて気づかなかったけど。完全に精神が肉体に引っ張られとるやんけ!! こら、えらいこっちゃでぇぇ!!
……だけど。まあ、いいか。
俺の中の不安と迷いは彼のお陰で解決したんだ。俺は彼の言ったように未来を向いて進む。
そう、前を向いて進むんだ。




