第四十四頁 水浴び
しばらく歩くと件の滝壺にたどり着いた。
そこまで大きくはない滝だけど、滝があるには代わり無いから滝壺であることは間違いないだろう。
水もとても綺麗で澄んでいる。飲めるのではないかとも一瞬頭を過ったが、生水は飲んじゃいけないと相場が決まっているので絶対飲まない。
て言うか、冷静に考えると俺は何故こんなに水浴びに執着しているのだろうか。これではまるで女の子ではないか?
やはり、精神が肉体に引っ張られて散るのだろうか。
さっきも、完全に乗っ取られ掛けてた感じがするし……
『テセウスの舟理論』はあながち間違っていないのかもしない。もしかしたら、その内の本当にアイラインと言う少女になってしまうのかもしれない。
ただ、そうだとしても。
この胸の奥の好奇心だけは失いたくないな……
大丈夫だよね。
きっと、忘れないよね……
ん? また、乗っ取られかけた?
いやいや、んなワケあるかい。
ほなまあ、それはさておき……
思考を巡らすのも程々にして我が相棒“童貞殺し”を脱ぎ去り。パンティとブラとバチンィと脱ぐ。
これで産まれたままの姿の完成だ。
俺はそのままの勢いで滝壺に飛び込んだ。
もう、勢いて乗っ取りを阻止していくスタイルである。
これで、乙女の精神も奥に引っ込むと言う物だ……
「はあ~ 生き返るわぁ~」
下水道での汚れと臭みを一気に落としていく。
そして、精神の乗っ取りも阻止していく。
一石二鳥である。
俺は自分の髪とは思えない程の長い髪を掻き分け、手櫛で念入りに洗っていく。
その時、そこら辺に放り投げていた本から声が響いた。
(アイラさん、アイラさん。出来れば私も水浴びをしたいのですが、よろしいですかな?)
「あ、ごめんなさい。いま、出してあげますかね」
俺は直ぐに本の元へと向かい、その手で本の表紙に触れる。
そして、慣れな感覚で魔力を流し込み、アイゼンさんを呼び出す。
何時もの様に青い光が辺りを埋め尽くすとその光の中から巨大な亀が姿を現れた。
「ほほほ。これは便利ですな。これ程、短い時間でこれだけの距離を移動出来たのは初めてですよ」
そう言うと、アイゼンさんがのそりのろりと歩き滝壺へと雪崩れ込む様に飛び込んだ。アイゼンさんの質量に依るものか、彼が飛び込むと同時に凄い勢いで津波の様に滝壺全体が波打った。
「おわー すごい」
「ほほほほほ」
アイゼンさんは俺の様子を見ると楽しそうな笑顔を浮かべ、笑い声をあげた。そして、おもむろに歩き出すと、のそりのろりと滝の方に向かって歩き出きた。
「滝の方に行くんですか?」
「ええ、甲羅を洗いたいんですよ」
なるほど。亀の嗜みと言った所ですかな。
そうだ、私も服を洗わなくちゃ。
折角、身体を綺麗にしたんだ。これでまたバッチい服を着たら、またバッチくなってしまう。
俺は取り敢えず“童貞殺し”に下着を滝壺に引きずり込み、汚れと臭いを落とすようにバシャバシャと洗う。
その時、ふとあることに気が付く。
あれ? これ、乾くまで、産まれたままの姿で居なくちゃいけないのか?
いや、どう考えてもそうだろ。
ビシャビシャの服着たら、風邪引いちゃうよね?
やっちまった。服が乾くまで産まれたままだ。
これでは完全に痴女だ、痴女以外の何者でもない。誰かとエンカウントしたらどうしよう。
あれ? これって結構不味いのでは?
ど、ど、どうしようどうしよう……
乾くまで、水浴びしてるか? そんな事してたら、ふやけちゃうよ。いや、でも。そうするしかないか……
ああ、後先考えずに行動するんじゃなかった。
着替えの一つでも用意しとけばよかったぁ~
「お前、それが乾くまで水浴びしてるつもりなのか?」
俺が頭を抱えていると、どこかから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
その聞き覚えてのある声で。思わず顔を挙げると、そこには大きな黒い狼が立っていた。
 




