第四十二頁 風呂を求めて
ええ、風呂なんてありませんでした……
はい、そんな感じがうっすらしてた……
だって、うっすら皆臭かったもん……
正直、慣れて来たから気にならなかったけど、やっぱり風呂なんてないのか。まあ、無いものはしょうがない。
だが、流石に下水道から戻って来たまんまはありえん。せめて水浴びはしたい。
ザックさんとロランさんの二人は井戸の水をバシャーって浴びて御仕舞いにするらしいが、俺はそんなの我慢ならん。て言うか、紛いなりにも女の子なので、それはちょっとって感じ。
俺は本域の水浴びをします。
池とか川とかでスッキリしてくる。
正直、髪もギトギトだし臭いしで堪ったもんじゃない。今直ぐにでもスポッポンになりたいくらいだ。
まあ、男の状態なら、社会的に死ぬ以外大きな支障はないが。この女の子の身体でそれをやってしまったら、公開ストリップショーの始まりになってしまう。
それは多分不味い。
多分と言うか、絶対に不味い。
兎に角、それっぽい池とか水とかを探さなければ。
俺は街の外れからそのまま目に入った森へと向かって途方もなく歩き始めた。森の中だし川の一つや二つあるだろう。ていうか、ファンタジーの世界だぞ、ここ。頼むから、あれよ……
◇◆◇
取り敢えず、森に着くと俺は辺りを見渡してみることにした。
心地よい太陽が射し込む明るい森。そよ風と共に鳥のさえずりが聞こえてくる。先程の下水道とは大違いだ。なんて清々しいんだ……
これはある。
俺の求めし、水浴び池が!!
俺は確信めいたものを胸に森の奥へと進んで行く。
まだ見ぬオアシスを求めて。
そして、しばらく歩くと川のせせらぎが耳に届いて来た。
やはり、ある。水源が……
俺は微かに聴こえる川のせせらぎを頼りに森の中を進む。
そして、遂にその音の発生源へとたどり着いた。
すると、そこには……
「ええぇぇぇ!! な、なんですか、これ!?」
そこにいた存在を見て、俺は驚愕の声を上げてしまった。
なんと目の前には、それはそれはデッカイ亀がいたのだった。
恐ろしいことにダンプカーくらいある。ていうか、ダンプカーってどんなんだっけ?
ていうか、デカ過ぎるんですけど。
な、なにこれ? 亀の像?
見ると、鱗に包まれた太い足や、山なりになった甲羅から見て陸亀の形態をしている様に見える。
それと、何やら身体全体が黒光りしており、金属の様な光沢も見える。
まるで…… そう鉄だ……
鉄の様な質感をしている様に見える。
鉄の亀の像?
俺は恐る恐る亀に手を触れるとその質感を確かめてみた。
ひんやりと冷たく、まさに金属のような堅固さを感じる。いったい、これはなんなんだろう?
「これはこれは美しい召喚師さん。なにか御用ですかな?」
「え?」
またしても驚きのあまり、思わず声を上げてしまった。
俺はその声のする方向へと恐る恐る顔を向ける。すると、亀の顔がこちらを真っ直ぐと眺めていた。
その時、不意に本が輝いた。
俺は直ぐに本を開いて中を確かめた。
【アイアンタートス☆☆☆】
【身体中が鋼鉄に覆われた巨大な亀の魔獣。性格は非常に穏やかで人間に危害を加えることは非常に少ない。個体によっては数百年を生きていることもあり、その知能は極めて高い。その鋼鉄の甲羅は並みの武器や魔法は通じることもない】
「なるほど“タートス”と言うことは。やはり、陸亀ですか」
俺は本を閉じると、一人で勝手に納得してみせた。そして、こちらを眺めている亀に視線を向け直した。
「ほほほ、聡明なお嬢さんだ。私を見ても驚かないとは……」
いや、全然驚きましたけど……
まあ、この世界はなんでもありのファンタジー世界っぽいから「こんなこともあるんだなぁ」程度に驚いただけだけど……
なんか、我ながら。だんだんと図太くなってる気がする。
そんな事を思いながら、亀さんの表情を見ると、なんだか笑顔になている様な気がした。
俺は亀さんの潤んだガラスの様な瞳を見ながら口を開いた。
「あ、あの、貴方はどうしてこんな所にいるんですか?」
「ほほほ、聡明なお嬢さん。私はこの先にある滝で水浴びをする為にここを歩いていたんですよ」
はあ、なるほど。と思わず頷いてしまう。
昔話の亀さんみたい。
なんだか全く魔獣と言う雰囲気がしない。本当に昔話の中の登場人物みたいだ。ユヅキしかり、この亀さんと言い人語を話した途端、魔獣感がなくなる。人として接しちゃう。
いやはや、これは良いのか悪いのか……
でも、それにしても奇遇だな……
「私もちょうど水浴びをしようとしてたんですよ……」
「ほほほ。それは奇遇ですな。そして、羨ましい。貴女なら直ぐにでも滝までたどり着くことでしょう。私はかれこれ一週間も歩き続けておりますよ……」
ええ、そんな。ウサギと亀の絵本じゃあるまいし。そんなことがあるのかいな。て言うか歩くの遅くない?
さぞかし驚いたの顔を俺がしていたのか、亀さんは笑い声を挙げた。
「ほほほほ、私達アイアンタートスは鋼鉄の身体を持つ代わりに移動する力の殆どを失ってしまったのですよ。まあ、仕方の無いことですな……」
「でも、それじゃあどうやって食べたり飲んだりするんですか? そんなに歩くのが遅かったら餓死しちゃうんじゃないですか?」
俺の疑問に亀さんは大きく頷くとゆっくりとした足取りで歩き始めた。俺もそれに習い、ゆっくりゆっくりと歩き始めた。
なるほど、こんな速度で歩いていたら日が暮れてしまう訳だ……
「私達、アイアンタートスが食べるのは土、砂、石の類いです。餓死しすることは滅多にありませんよ」
「はあ、なるほど。その食べた石とかから体表の鉄分を生成してるんですね」
俺は思わず一人で納得したように頷いてみせる。ふと、思うが、こう言う知識とかってどこからくるんだろう? 俺って元々こんなに頭が良かったっけ?
「ほほほ。やはり、聡明なお嬢さんだ。その若さで召喚術を修めているだけありますね」
「そ、そうですかね?」
思わず首を傾げると、亀さんは目を細目ながら首をうんうんと縦に振ってみせた。
なんと言うか、誉められるのは悪い気はしない。それに彼の言葉はとても優しくてそれでいて、俺の事を尊重しているのが良く伝わる。それが素直に好感が持てるし、なんだか落ち着く。
「いやはや。魔獣と見れば襲い掛かってくる者もいるのですが。貴女はそうでなくて安心しましたよ」
「私もなんだか安心しました。こんな風に穏やかな会話が出来たのは久し振りな気がします」
本当にいつ振りだろうか。
多分、スミスさんやシーナさん以来かもしれない。
あの時はこの世界に来たばっかりで色々と驚いたり泣いたりしてばっかりだったな。
うん、やっぱり。あの人達以来の取り留めのない、落ち着ける会話かもしれない。
重要な話ばかりしていたら、人間疲れてしまう。
現に俺は疲れてたと思う。
だから、この亀さんとの会話が酷く身に染みる。
「あ~あ。こんな風に何気無い会話をずっとしてたいですよ」
「ほほほ。奇遇ですな。私も同じ気持ちてでしたよ。なら、私と契約して、その本の中に住まわせて下さいな」
俺は亀さんの思わぬ提案にビックリしてしまった。
軽くないですか?
契約ってそう言う感じなの?




