第三十九頁 冒険者のお仕事
「お金が欲しいです!! 依頼をこなしましょう!!」
無論、俺の言葉にザックさんもロランさんも「そりゃそうだ」と言った様子で頷いた。
そして、俺は俺で、そんな二人を見て満足そうに見ると頷いてみせた。
まあ、そりゃそうだ。
お金を稼がなければ生きていけんからな……
いくら、ファンタジーの世界と言えども、霞を食って生きて行く訳にも行かない。
「よっしゃ。なら、先ずはアイラの実力を見せて貰う為。ちょっとした依頼をこなそうか!!」
そう言うとザックさんが勢いよく立ち上がった。そして、その勢いのままに掲示板の前までズカズカと歩いて行くと、そこに貼り付けられた沢山の貼り紙を眺めだした。
俺は何となしにその後に着いて行くと、掲示板とザックさんを交互に眺めて観察してみた。
やがて、ザックさんが満足そうな表情を浮かべると、一枚の貼り紙を手に取り俺に見せてきた。
「コイツでどうだ? タスクボアを倒せるんだ。コイツ程度は楽勝だろ?」
その手に取った貼り紙を見ると、何やらネズミがとっても上手な絵で描かれている。
これは絵なのでしょうか?
それなら、誰が描いてるのでしょうか?
私、気になります……
そう言えば、俺の持ってる本の挿し絵も誰が描いてるんだろう? 魔法を使えばどうにかなるのかな?
気になるぜぇ……
そんな事を考えていた俺を他所に、ザックさんは得意気に話を進めている。
「この“プラトゥーンラット”。一匹につき銅貨一枚だってよ。大体、群れで50匹ぐらいだから、一気に稼げるぜ? どうするやるか?」
見ると、銅貨のイラストなのかなんなのかわからないが、そんな感じの絵も描いてある。
て言うか絵しか描いてない。
文字とか一切書いてない。もしかしたら、文字が読めない人の為の「運営側からの配慮!!!」と言う奴だろうか?
この世界は識字率がかなり低いのかもしれない?
いや、て言うか冷静に考えると、識字率ほぼ100%ってのが先ずブッ飛んでるんだよな。
そう考えると、こうやって絵で依頼書を作るスタイルになるのかな?
まったく、わからん。
貨幣価値もわからん。
聞いてみようかな?
「因みに銅貨って、何枚で銀貨になります?」
「さあ、知らねぇ……」
聞いて見るとザックさんが首を傾げて見せた。
その顔はまるで「アホ丸出し」である。
て言うか、お前も知らねぇのかよ。それでよく生きて来れたな。いや、意外とそれでも生きていけるのか?
俺の困っている様子を見かねたのかロランさんが呆れたような笑みを浮かべながら説明してくれた。
「銅貨25枚で銀貨1枚。銅貨100枚で金貨1枚です」
「なるほど、となると…… 銀貨4枚で金貨1枚なんですね……」
俺がそう言うとロランさんは嬉しそうな顔で「うんうん」頷いてくれた。恐らく、その様子から見るに、これぐらいの計算や知識は常識の範囲内なのだろう。
だから、これを「知らねぇ」で片付けるザックさんの方がヤバいと言うことになる。
て言うか、ザックさんのオツムの方はどうなってるんだ?
もしかして、ザックさんて、ヤベェ奴なのか?
俺が思わずザックさんを見ると、流石にバツが悪かったのか苦笑いを浮かべながら口を開いてみせた。
「因みに金貨も小金貨、大金貨だのってのがあるぜ!!」
「へえ、それは銅貨何枚分ですか?」
俺がすかさずそう言うと、ザックさんは口を尖らせながら「知らねぇ」と漏らした。
なんだか、この感じだと貨幣価値はそんなに覚えなくて生きて行けそうな気がしてきた。
案ずるより産むが易しって奴だろう。
たぶん、そこら辺はその時のノリでどうにかなるだろう……
……た、多分。
まあ、その貨幣の価値はその内ちゃんと覚えますよ。
だが、なんとなくショボそうな依頼ではあるので、パパッとすませて、パパッと稼いでしまおう。
「よし、さっきの依頼!! 取り敢えず受けてみましょう!!」
俺の言葉にザックさんとロランさんが反応し、一斉に立ち上がった。そして、俺の腕を二人が同時に抱え込んでみせた。
まるでお巡りさんに連行されている、犯罪者の様な格好だ。彼等は何故、こんなことをするんだろう?
「あ、あの…… 二人とも、私、一人で歩けるんですけど……」
「なぁに、気にすんな気にすんな……」
ザックさんはそう言うと、さぞおかしそうに笑みを浮かべている。恐らく、この感じはハメられた。あの依頼、なにかしら厄介な事があるに違いない。
俺は助けを求める様にロランさんに視線を向けた。
「すいませんね。プラトゥーンラットは下水道に沢山いるんです」
下水道? それってアレですか? ファンタジーでよくあるダンジョン化してる、臭そうなアレですか?
俺は思わず疑問の声を掛ける。
「下水道って臭さくないんですか?」
「そりゃ、くっっっせぇぞ!!」
今度はザックさんが嬉しそうに声を上げた。
なんで、そんな嬉しそうなのか、全くわからない。
「ここ数ヶ月あの依頼書があったからな。さぞかし、ラットが繁殖してるだろうさ。これは三人で大量にネズミを取ってガッポリ稼ごうぜ!! さあ、みんなで仲良く糞まみれになろうぜ!!」
マジかよ!! いきなり、下水道探検とかハードルが高いよ。
木漏れ日とかが差し込む森とかにしようや!!
「臭いのヤダァ。ヤダヤダヤダ~」
「文句言うなよ、これも大事な仕事だぜ」
「そうですよ、放っておいたら、下水道からネズミが溢れでて大変なことになっちゃうんですから」
そんなこと言われても知らないよぉ……
糞まみれはやだよぉ……
お洋服も汚れちゃうよ……
俺は、なんとか逃れようと試みるが、そこはか弱き乙女の筋力。男二人には全く歯が立たない。決死の抵抗も意味を成さないまま、俺は両脇を抱えられながら、ギルドの外へと運び出されてしまった。
「うう、眩しいよぉ……」
外に出ると太陽の眩い光がさすように視界に飛び込んできた。
とてもいい天気だ。アト・クラフトの綺麗な西洋風の街並みが輝いて見える。
しかし、これから俺が向かうのは下水道。この眩く輝く太陽の光が届かない地の底。
ああ、なんてことだ……
見ると、ギルドの屋根の上にはユヅキが立っていた。思わず、助けと合図を送る。しかし、ユヅキはゆっくりと首を横に振った。
その目は間違いなく「頑張れ」と言っていた。
しかも、優しい暖かい目でコチラを見ている。
うう、やるしかないのか……
イヤだぁ、下水道に行きたくないよぉ……
糞まみれにはなりたくないよぉ……
不意に視線を上げると、マシマロが楽しそうに俺の後を付いて来ていた。
何も知らないとは可哀想に。きっと、下水道に着いたら、くさ過ぎて鼻がもげて死んでしまうぞ。
「ふふふ、ははは……」
俺はそんなことを思うと少し気が楽になって、笑えて来た……
ありがとう、マシマロ。君のことは忘れないよ。
大人になっても、君のことは決して忘れない。
だからね、マシマロ……
一緒に糞まみれになろうぜ!!




