第三十四頁 決着
巨大化したボアちゃんの下敷きになった狼は、その頭部だけを肉と地面の狭間から出し、息も絶え絶えの様子で口を開いた。
「くそ…… 俺としたことが、油断したぜ……」
どうだぁ、こらぁ!!
ワイの勝ちや、ボケカスコラァ!!
と、言いたい所だが、そこはグッと堪え、神妙な面持ちで俺はその狼、もといユヅキを見下ろした。
「さあ、早くお金を返して下さい!! 返してくれたら、この猪をどかしてあげます。だから、早く、お金を返してください!! でないと貴方は死んじゃいますよ!!」
「なっ…… なんだとぉ!?」
そう言うと、狼はこちらに驚愕の視線を向ける。
まあ、ここまでやっといて、お金さえ返せば許すよ、ってのもおかしいか……
ただ、残念なことに俺はそこまで徹底して冷酷にはなれない。我ながら甘ちゃんなんだろう……
だけど、俺はそれでいい。
命を大切に、そうスミスさんとシーナさんに言われた。だからこそ、俺は自分の命をだけじゃなく、人の命も出来る限り尊重したい。
それが盗人であっても……
「お前、正気か…… 俺は人狼だぞ。人に仇なす魔物だぞッ!! それを見逃すって言うのかッ!?」
彼のその表情から驚愕の色がうかがえる。
俺は人狼ってのは「そう言うもんなのか」と眉をしかめてしまう。
正直、人狼だの、魔物だの、魔獣だのが、どういう扱いをされているのか全くわからない。
なにせ、俺はこの世界に来たばっかりなんだ……
もしかして「見つけしだい、殺せ!!」と言う感じなのだろうか。もし、そうなら俺のしていることは明らかにおかしな事で、人類に仇なす行為なのだろう。
ただ、あの本には「その擬態性能を遺憾無く発揮し人間社会に溶け込む」とか「人間では太刀打ちできない」等とは書かれていたが、人を喰うだのとは書かれてはいなかった。果たして、人狼とは一体どんな生物なのか。それがいまいちわからない。
俺はどうするのが正解なんだ?
このユヅキと言う名の人狼を放置していいのか、それともここで……
「ア、アニキを助けてくれッ!!」
その時、叫び声にも似た声が俺に届いた。
「盗んだのは俺だ、アニキは関係ねぇ!! だから、アニキの事は見逃してくれッ!! 金だって返す、だから、アニキの命だけは助けてくれ!!」
見ると、蜥蜴人間がコチラに向かって駆け出している。
その表情は今にも泣きそうな顔をしている。そして、その手には俺から盗んだ袋が握られている。
そんなお涙頂戴みたいな展開があるのかと、正直に感心してしまう。どうやら、彼等はただの盗人ではないようだ。
自分の鼓動が高鳴るのがわかる。
もしかしたら、心のどこかで、作り話みたいな展開を俺は期待していたのかもしれない。
その蜥蜴は俺の前まで来ると、お金の入った袋を地面に置き、膝と手を地面に付け、最後に頭を地面につけてみせた。
「アニキはスラムを仕切る為に必要な存在だ。だから、アニキの事はどうか見逃してほしい。俺はどうなってもいい、だからアニキは許してやって下さい。元々、アニキは……」
その蜥蜴の言葉を遮るようにユヅキが怒号を発した。
「テメェ、それ以上言うんじゃねぇぞ!」
その声に蜥蜴は僅かに怯むが直ぐに食って掛かるような表情で、自らのアニキであるユヅキを見た。
「でも、アニキ!! アニキが居なくなったら!!」
「言うんじゃねぇって言ってんだろ!!」
再び、ユヅキの怒号が響いた。
そして、それを聞いた、蜥蜴は苦虫を噛み潰したような表情を見せ、残念そうな表情を作ると、そのまま項垂れてしまった。
なんだか、俺の知らないところで盛り上がっているみたいだ。
まあ、世間なんてそんなもんか……
どうやら、何か訳ありみたいだし。はてさて、どうしたものか。
俺は二人を眺めながら思わず首を傾げてしまった。




