第二十一頁 一枚の金貨
日の出と共に出発の時がやって来た。
「スミスさん、シーナさん。本当にお世話になりました。この御恩は忘れません。いつか必ず返しに来ます」
我ながら、そう言っていて何だか泣きそうになる。俺はスミスさんとシーナさんに別れを告げると熱い抱擁を交わした。
「いいんだよ、アイラちゃん。畑を荒らす魔物を倒してくれただけで十分だよ。だから、どうか無理だけはしないでおくれ」
「ああ、何時でも戻ってくるんだ。家は野菜だけは売るほどあるんだ。いくらだって食べさせてやる」
「はい、ありがとうございます。私、行ってきますね」
二人は優しくて温かい笑顔と共に俺を見送ってくれた。
姿が見えなくなるまで、シーナさんは手を振って俺を見送ってくれて、そばにいるスミスさんは何もしないが、ただ遠くから俺を見ていてくれた。
マシマロも彼等と別れるのが寂しいのか、何度か後ろを振り向くと、彼等に向かって鳴き声を上げていた。
二人の優しさが最後まで身に染みる。
そして、ほんの少しの寂しさが、俺を襲う。
でも、これは悲しい別れじゃない。
きっと、また会える。
その時は笑顔で二人に会いに行こう。
「二人とも見えなくなっちまったな……」
「ええ、そうですね」
青年は俺の事を気にしてか、声を掛けてくれた。
彼は粗暴な振る舞いをしていたりするが、決して底の浅い人ではないみたいだ。なんだかんだ誠実で、不器用だけど、真っ直ぐな優しさや信念を持ってる。
だからと言うか、なんと言うか。俺は彼のことは信頼していいと思っている。今度からはちゃんと敬意を込めて“ザック”と呼んだ方がいいだろう。
「アイラ。これ、あの二人からだ……」
ザック…… なんか恥ずいな……
先ずはザックさん呼びで行くか……
ザックさんはそう言うと、小さな袋を俺に手渡して来た。見ると、その中には何やら小銭の様な物が入っていた。
「これは?」
「タスクボアの討伐報酬だ。二人がアイラに渡しておいてくれってさ」
見ると、銀貨が数枚に金貨が一枚入っていた。残念なことに、これがどれ程の価値があるか、俺にはまったくわからない。
俺が持っていても、何の価値もない無用の長物だ。この分だと、どっかでぼったくられて終わる。間違いない、そんな未来が俺には見える。
勿体ない、返してこよう。
「ちょっと、待ってて下さい。返してきます」
俺がそう言うとザックさんが小さな笑い声を上げた。
「ははは。あの二人はそう言うだろうからって、俺に渡したんだ。二人の善意なんだ、受け取ってやれ。その方があの二人も喜ぶさ」
でも、俺はこの世界のお金の価値なんてわからないしな。ロクな使い方をしなさそうなんだよな。
そう悩んでいると、近くを歩いていたローランドさん……
いや、彼の事も“ロランさん”と言った方がいいだろう。
彼はおもむろに口を開くと、次の様に言った。
「悩んでる様ですが。貴方はお金を持ってるんですか?」
「持ってません。持ってない所か、このお金がどれくらいの価値があるかもわかりません」
俺の答えにロランさんが少し笑って見せた。
正直、馬鹿にされるかとも思ったが、そんな様子はなくザックさんも難しそうにおでこをポリポリと掻きながら口を開いた。
「まあ、そんだけあれば数日は飲み食いには困んねぇかな?」
「正直、僕達もお金の価値なんてハッキリはわかりませんよ」
「え? そうなんですか?」
その言葉に俺は眉を吊り上げてしまう。
一体どういう事なのだろう。もしかして、このパーティーはメチャメチャ低学歴のお馬鹿さんパーティーなのか?
俺のそんな疑問を他所にロランさんが語り始めた。
「どれだけ混ぜ物があるかでその貨幣の細かい価値自体が変わってしまいますからね。それを計算する技術や知識は僕達にはありませんから。大体いつもどんぶり勘定ですよ」
「まあ、そこら辺詳しいのは銀行の人間だとか、測量師とか錬金術師だな。俺等はそこら辺の知識がねえからよ。いくらぼったくられててもわかりゃしねぇよ」
はあ、よくわからん。
よくわからんが。磁石にくっ付くかくっ付かないで判断出来たりしないのかな? あと、かの有名な『剣風伝奇ベルセルク』で金貨を噛んでるの見たけどそれでわかったりするのかな?
取り敢えず、噛んでみるか?
カリッと金貨をおもむろに噛んでみる。
「お前、それでわかるの?」
「わかんないれす……」
ザックさんが「なんだそりゃ」と言った感じの顔をすると、すぐに笑って見せた。ロランさんも、そんな俺の様子を見てクスクスと笑っている。
……まあ、そう言う反応になるわな。
まあ、別に構わんさ。お金はバッチいって言うけど、人生で一度くらいは金メダル齧りたいからね。
ありがとう、スミスさん、シーナさん。
二人の優しさは絶対に忘れないからね。
俺は彼等二人から貰った金貨を強く握ると、街へと向けて歩き出した。




