第十八頁 悲しい過去
「すまないねぇ。あの人の事は気にしないでおくれ……」
気まずい沈黙を破ったのは、他ならないシーナさんだった。
見ると、彼女の顔は申し訳なさそうにしていた。
気にしないでくれと、言われても……
正直に言って、気にするなって方が無理がある。もし、ここで気にせずに居られるような人間がいたら、ソイツは正真正銘のサイコ野郎だ。
現にアルザックと名乗った青年も非常に申し訳無さそうな表情をしている。隣にいる少年も気まずそうな顔をしている。
かく言う俺も、気まずそうな顔をしているに違いない。
どうにかして、話題を変えられないだろうか……
「あ、あの。スミスさんはなんで私を街に行かせようとしたんですか?」
俺は取り敢えず、場の空気を紛らわす為に少し疑問に思ったことを口にした。俺の問い掛けに、シーナさんは首を傾げ、眉を顰めてみせた。
「さあねぇ。ここは何かと手狭だからねぇ。アイラちゃんみたいな若い子は街場に行った方が良いと思ったんだろうかねぇ」
そうなのだろうか……
正直、自分は何処に行くべきかなんて全くわからないし。街に行って何をすれば良いかもわからない。スミスさんは、そんな俺に何を見出だしたのだろうか……
それとも、何かの気まぐれなのか……
「息子はね、都だの、王都だのに憧れててね。ダンナの反対を振り切って街場へと出たんだ。それで今は行方不明さ」
俺の顔を見て何かを悟ったのか、シーナさんがおもむろに口を開いた。
「もしあの時、息子に反対せずに上手く親子関係を保ててたら、こんな事にはならなかったかもしれないと思ってるのかもね。まあ、少なくとも今みたいな後悔は少なかったかもしれないね。死ぬ間際まで喧嘩して生き別れたんじゃ、悔やんでも悔やみきれないからね……」
そう言うと、シーナさんは俺にだけ聞こえるような微かな声で「あの人はもう、そうはなりたくないのかも知れないねぇ」と呟いた。
まるで、自分にもそう言い聞かせている様に……
余りにも、俺のいた世界とは違い過ぎる。
この世界は命が余りにも危うく弱々しい。ふとした場所に、瞬間に大きな命の危険が潜んでいる。
それなのに命の大切さや尊さはまるで変わらない。
とても重たく、とても尊い。
それを痛い程に実感する……
もしかしたら、俺も何か選択肢を誤っていたら。ここに辿り着く前に死んでいたかもしれない。
果たして俺はこんな世界で生きていけるのだろうか。
元の世界に戻ることが出来るのだろうか。
そんな不安ばかりが募っていく。
しかし、そんな不安を払い除ける様に、シーナさんの声が俺を現実へと呼び戻した。
「ほら、湿っぽい話はこれで終わりだよ! 今からここを出たんじゃ、街につくのは真夜中だ。夜は魔物も出る。今日は泊まって、明日の朝にでも出発するといい!」
シーナさんはそう言うと俺の肩を軽く叩いた。そして、乾いた笑顔を俺に向けた。
少し、寂しげな乾いた笑顔を……
 




