第十七頁 勧誘
「絶対にイヤです……」
俺が言葉を吐くと同時に、アルザックとか言う青年の顔が歪んだ。
「はあ!? なんでだよ!?」
青年が驚愕の声を上げた。
その余りのバカデカイ声に驚いたのか。辺りをチョンチョン飛び回っていた鳥達が、パーっと一斉に逃げ出して行った。
いやいや、なんでとはならんやろ。
俺は、思わず心の中でツッコミを入れてしまう。
普通「怖くて逃げて来た」って言ってんだから。一人や二人仲間が増えた所で「じゃ行くぜ!!」とはならねぇよ。それに“あの洞窟”だか“悪魔がいる”だの言われたら、なおさら行きたくないよ。なに考えてんだ、馬鹿じゃねぇのか、コイツは……
俺は、思わず呆れたと言った様子で、アルザックと名乗った青年に視線を向けた。
「な、なんだよ、その目は!? 言いたいことが有るならハッキリ言えよ!!」
「いえ、少なくとも私はあの洞窟には行きません。行くなら、貴方達二人で行ってください……」
俺はそう言うと、わざとらしく彼等から視線を反らし、拒否の意思を身体で示してみせた。
正直なところ、あそこには本当に行きたくない。
あの洞窟の奥からコチラを眺めている瞳は今でも不意に思い出す。そして、その時の恐怖も同時に思い出し、身体が震える。
今も自分で身体を抑えて誤魔化しているけど、自分で身体が微かに震えているのがわかる。全く、情けない限りだ。
「大丈夫かい、アイラちゃん?」
俺の様子を察してくれたのか、シーナさんが俺の肩に優しく手を置いてくれた。
その手の暖かさに恐怖がほんの少し薄らぐ。見ると、スミスさんは苦虫を噛み潰したよう顔で俺を見ている。そして、その視線を直ぐに青年のへと向け、おもむろに口を開いた。
「元々あの洞窟は、霊薬の元になる湧水が出ておってな、よく利用されていた。だが数年前のある日、湧水を汲みに行った者が帰らなくなった。それ以来、あの洞窟へと向かった者は誰一人として帰って来ていない……」
そう言うとスミスさんは硬く口をつぐんだ。
なんだかわからないが。スミスさんの表情からは何処か複雑な感情を感じさせる。
だが、そうなると数年前に“何か”が住み着いたと言う事だろう。それが俺の見た“瞳”の持ち主かはわからないが、少なくとも“何か”がいると考えて良いだろう。
その時、俺の考えを断ち切るかの様にスミスさんが突然声を荒げた。
「そんな所にアイラを行かせるなんぞ許せん! 絶対に許せん!」
それは最早、怒号に近い物だった。
俺はスミスさんのその激昂する姿に驚きを隠せなかった。
今までのスミスさんは物静かで優しげな雰囲気を何時も纏っていたからだ。だから、彼の激昂する姿なんて到底想像も出来なかった。
スミスさん、一体どうしたんだろう……
彼に一体、どんな過去が有るのだろうか……
しばしの沈黙の後、シーナさんが口を開いた。まさに沈黙を切り裂く様に……
「ウチの息子なんだよ。初めに居なくなったのは……」
そのシーナさんの言葉に俺は声を失った。
そんな、俺の様子を見てスミスさんが酷く寂しそうな眼差しで俺を見た。
少なくとも、俺にはそう見えた。
「土いじりが嫌だと言ってな。アイツは冒険者になりおった。そして、ある日湧水を汲んでくる等と言う薬師の使いを受けてな。それ以来じゃ……」
そ、そんな……
余りの事に言葉が出ない。
見ると、アルザックともう一人の少年も同じ様子らしく、驚愕の表情を浮かべている。
おもむろに、その二人に視線を向けたスミスさんは溜め息を大きく吐くと、自らを落ち着かせる様にゆっくりと口を開いた。
「君達二人は、タスクボアの素材を持って街に帰りなさい。もしよかったら。アイラを一緒に街まで案内してやって欲しい。依頼金はタスクボアは討伐の報酬額から抜いておいてくれ……」
そう言うと、スミスさんは振り替えると家の中へと消えて行った。その場にいた全員が彼の背中を見送った。
彼の悲しそうな背中が、俺には痛い程脳裏には残った……




