第十二頁 マシマロVSタスクボア 後編
「モア~」と低く唸る様なマシマロの声が響くと、それが合図だったかの様に、巨大化したマシマロは動き出した。
それはそれは巨大で、重たそうな身体をズズズと動かしながらタスクボアに目掛けて歩き出したのだ。
「す、凄い。マ、マシマロ、やっちゃえ~!」
俺はそのままマシマロがタスクボアをやっつけてくれるのかと思ったが。
そんな事にはならず。今回の物語は次の瞬間に衝撃の幕引きを向かえることになったのだった。
突如、マシマロは「モアァ~」と低い唸り声を上げると共にそのまま「ズザザァ」と音を立てながら地面につんのめって、倒れ込んでしまったのだ。
「え、えぇ!?」
思わず、俺は声を漏らしたが。その後に更に驚愕の事態が発生した。
倒れたマシマロはそのままの勢いでゴロゴロゴロとタスクボア目掛けて、転がり始めたのだ。
その巨大化した肉体のまま……
「モアモアモアァ~~~」
その瞬間に、転がるマシマロに巻き込まれてしまった、タスクボアの「プッ!? プギィァァァァァァ!!」と言う無惨な断末魔がここまで届いて来た。
マシマロはその後も少しの間、ゴロゴロと転がっていたが、暫くすると独りでに止まった。
俺達は直ぐにマシマロの元へ向かうと、その惨状に呆れてしまった。
マシマロのモコモコとした毛皮には。無惨に潰され、息も絶え絶えになった二匹のタスクボアが絡まっていた。
「なんと、哀れな……」
俺の言葉に、スミスさんとシーナさんが呆れた様子で頷いた。
「た、確かにコレは哀れなじゃな……」
「まあ、迷惑な魔獣が駆除出来たんだから、良いんじゃないかい?」
確かにこれは一件落着なんだが。思ってた感じとは全く違っていて、なんか釈然としない。ま、まあ、一件落着だから良いんだけど……
そんなことを思っていると、俺の傍らにいたスミスさんがおもむろに口を開いた。
「それにしてもなんで、あのモアナは突然大きくなったんだ?」
そう言うと、さぞかし不思議そうに首を傾げた。その様子を見たシーナさんも同じ様子だ。まあ、俺もよくわからんから首を傾げて見せる。
ただ……
「もしかしたら、この本の光が何か関係あるのかも知れません……」
そう、この力がなんなのか全くわからないが何かしら関係はしているだろう。これで全く関係ないとか言ったら、我ながら爆笑してしまう。
「光?」
そう呟いたのはスミスさんだった。
俺は彼のつぶやく声に誘われ、視線をスミスさんへ向けた。すると、スミスさんは俺の方を見て、眉間に深い皺を作り、こちらを眺めていた。
しまった、失念していた。
もしかしたら、なにか不味いことを言ってしまったのか? いや、だとしたらなんだ? 皆目見当もつかない。
「光なんて、わしには全く見えなかったぞ……」
「アタシも見えなかったよ……」
「え?」
思わず、驚きの声を漏らしてしまう。
一体どう言うことだ? そんなハズはない。今は明かりもない夜だ。少しの明かりでも大層目立つはずだ。
なのに、彼等二人はあの本から溢れ出ていた青い光を見ていないのか?
そんな事が有り得るのか?
いや、有り得る訳がない。
となると、あの光は俺にだけ見えていた。あるいは、あの光を視認するには何か条件があるのだろう。
最初に本が光り出した時も二人は気づいていなかったみたいだし。恐らく、この考えで間違いないだろう。
それにしても全くわからん。
この世界に来てからわからんことだらけだ。どうして誰も説明してくれないんだ。本当にチュートリアルの一つでも用意していて欲しいものだ。
俺がさぞかし悩んだ顔をしていたのか、スミスさんは「まあ、いいさ」と呟きながら俺の肩に優しく手を置いた。
「取り敢えず。アイラも無事で、畑を荒らす魔物も片付けたんだ。一件落着で良いんじゃねぇか?」
「ああ、そうだね。みんな無事で畑も無事だったんだ。万々歳だ!!」
スミスさんの言葉を後押しするように、シーナさんが大きな声を挙げた。そして、シーナさんは俺に向かって微笑むと優しく頭を撫でてくれた。
なんだかむず痒い。
嬉しいような、恥ずかしいような……
「でもね、アイラちゃん……」
シーナさんはおもむろに俺の頭から手を離すと、少し悲しげな顔で俺に語り掛けて来た。
「今度からは突然飛び出したりしちゃいけないよ。今回はどうにかなったけど、下手したら死んでたかもしれないんだ。いくら、自分の相棒が危険だからと言っても、自分の命は一番に大切にしなきゃ駄目だよ。わかったかい?」
「あ、はい……」
シーナさんのその言葉を聞いて不意に冷静になる。
全く返す言葉もない。
今にして思えば、さっきまでの俺は完全に冷静さを失っていた。マシマロが危険だからと言って飛び出したが、なんの勝算もなければ、考えもなかった。
今回は謎の現象によりどうにかなったが、最悪の場合は死んでいたかもしれない。
そうだ、死んでいたかもしれないんだ。
ここはまるで夢やゲームの世界だが、そうではないんだ。魔物にやられれば間違いなく殺されてしまう過酷な世界なんだ。
俺はなんて腑抜けなんだ。最初の洞窟で嫌という程の死の恐怖を感じたのに、それをもう忘れていたのか……
「ご、ごめんなさい。次からは気を付けます……」
俺が恐る恐る口を開くとシーナさんは優しい微笑みを俺に向けると、大きく頷いて見せた。そして、腕組みをすると、おもむろに視線を巨大化したマシマロに向け、一言言い放った。
「さて、それじゃあ。コレをどうしたもんかね?」
あ? そういや、これはどうしたらいいんだろう?




