第九頁 畑の暴君
「御馳走様でしたッ!! とっても、美味しかったです!!」
俺が、そう声を上げた時には既に日は暮れていた。
その空には大きく赤い三日月と、青く小さい三日月が浮かんでいた。それも、赤い方はかなり大きい。
それを見て、少しばかり痛感する。
やはり、この世界は俺の知ってる世界ではないんだ。
「どうしたんだい? 大丈夫かい?」
俺の様子を見て、何か察したのか。お婆ちゃんが心配そうに声をかけてくれた。
そんなに顔に出るのだろうか?
取り敢えず。俺はお婆ちゃんに心配させまいと、渾身の笑顔を作ってみせた。
「はい、大丈夫です!!」
大丈夫。さっきまでは不安で一杯だったけど。お婆ちゃんと、お爺ちゃんの優しさ。それと、美味しいシチューで元気になったんだ。だから心配いらない。生きてさえいれば、なんとかなるハズだ!
俺の表情を見て、お婆ちゃんが優しげな笑みを浮かべてみせた。
「そりゃよかった。アンタみたいなべっぴんさんは笑顔でいなきゃね!」
えへへ~ そんなにべっぴんなんですか~ あたくし~
まあ、俺もこの身体の持ち主はべっぴんさんだと思うけどね~
「もあ~」
その時、何時から居たのか。俺の足元にいたマシマロが不満そうな声を上げた。見ると、大層不満そうな顔もしている。多分、お腹が空いているのだろう。完全に忘れていた。
「あ、あの! 本当に申し訳ありませんが、この子にも何か食べさせてあげたいんですけど、何か貰っても良いですか? 野菜の切れ端とかで多分大丈夫なんで!」
そう言うと、お婆ちゃんが俺の足元にいたマシマロを見て。笑顔で答えてくれた。
「ああ、それなら色々あるよ。今、持ってくるからね」
「すいません、何から何まで!」
本当に、ここのお爺ちゃんお婆ちゃんが優しい方でよかった。一時はどうなるかと思った。危うく、餓死してしまう所だった。
「そうだ、嬢ちゃん名前は?」
不意にお爺ちゃんが俺に話し掛けてきた。
お爺ちゃんは農家の主人らしく、パイプを吹かしながら振り子椅子に腰掛けている。
「あ、アイラインです」
「そうか、アイラインか。じゃあ、アイラさんだね。良い名前だ。ワシの名前はスミス。そんで家内が……」
「シーナだよ。まあ、よろしくね、アイラちゃん」
そう言うと、シーナさんが人参の皮や葉っぱ等が入ったボウルを持って来てくれた。マシマロは、それが目の前に置かれるや否や、凄い勢いで食らいついた。
凄まじい食い気である。
「あらあら、随分お腹が減ってたんだねぇ」
「ははは。そのようですね……」
主人である俺が不甲斐ないばかりに、申し訳ねぇ~な、マシマロ。これからは俺も出来る限り頑張るからなぁ~。
俺がそんなことを思っていると、振り子椅子に座っていたスミスさんが、空に浮かぶ三日月達を眺めながら、おもむろに口を開いた。
「アイラさんよ。今日はウチに泊まっていきな。今夜は恐らく“魔物”が出る。外は危険だから間違っても出るんじゃないぞ」
「え? は、はい……」
俺は“魔物”と言う言葉について聞きたかったが、取り敢えずは頷いてみせた。そんな俺の様子を察したのか、シーナさんが口を開いた。
「この時期になるとね。態々、遠くの森から二匹の魔物が下りてきて畑の作物を荒らしてくんだよ。今年は豊作だから良いけどさ。不作の時は堪ったもんじゃないよ」
そう言うとシーナさんは苦虫を噛み潰した様な表情を作った。
こう言う時に物語の主人公なら、華麗に魔物をやっつけて二人を救ってみせるのだろう。
だが、残念なことに、俺にはそんなことを出来る程の力はない。全くもって情けない限りだ。
一体、この世界に来て、俺は何をするべきなのだろうか。
きっと、この世界に来たからには、何か意味があるはずだろうに……
そんな、考えに頭を悩ませていると、スミスさんが諭すような眼差しで俺に語り掛けて来てくれた。
「仕方のないことだよ。犠牲者が出てないだけマシさ。まあ、そのせいで街場にあるギルドも中々動いちゃくれないけどな……」
そうなのだろうか……
実害は出てるんだから、どうにか取り合って貰った方が良いんじゃないかな? でないと、そのうち本当に誰かが犠牲になってしまう。
もし、それがスミスさんやシーナさんだったらと考えると、放っておいて良いとはとても思えない。
「ほれ見ろ。やっぱり来たぞ。あの二匹だ」
そう言うとスミスさんは、窓から外を眺めながら苦い顔をした。俺はその声に従って外に視線を向けた。
そこには大きな二匹の猪がいた。見た目なんかは少しばかり大きいというだけで、普通の猪とは変わらない様に見える。
しかし、ある一点だけが余りにも特徴的で俺は目を見張った。
「凄く、牙が大きい」
「ああ、アレはタスクボアって言ってな。大きな牙が特徴の魔物なんだ。あれで突進されたら一溜まりもない」
恐ろしい物だ。普通の猪でさえ危険極まりないと言うのに、その上、凶器のような巨大な牙を備えているとは……
「もあ!」
その時、不意にマシマロの声が耳に届いた。
何故だかわからないが、マシマロが本に向かって何やら声を上げていたのだ。
俺は直ぐに本へと視線を移した。
すると、本がうっすらとだが、青白く光っていたのだ……




