二人の気持ち
病に臥せていた婚約者が回復したというので、1ヶ月ぶりに会いに行った。
婚約者のシャノン王女とは元々一週間に一度の頻度で会っていたが義務みたいなもので、会っていても王女は退屈そうな顔で時間がただ過ぎていくのを待つだけだった。一ヵ月会わなくても特に何も思わず、むしろ気が楽だった。これからは会う頻度を一ヶ月に一度に減らしてもいいのではないかと提案するつもりで会いに行ったのだが、久しぶりに会ったシャノン王女は、微笑んでいた。彼女の笑顔を見たのはいつぶりだろうか。
病み上がりで完全に回復していないのか、挙動が少し不審だったが。
いつもは居心地の悪い沈黙が今日はなぜか暖かい空気が流れていた。
元々シャノンに拒絶されていただけで、オスカー自身は婚約者として良い関係を築くことを望んでいたので、これは喜ばしい変化だった。
会う頻度を減らすという提案をするのをすっかり忘れて、シャノンの微笑みを思い出して心が少し温まるのを感じながら家路に着いた。
それから、何度か城を訪れ王女と話をした。
病気で会えなかった一ヶ月を境に、王女は変わった。
婚約が決まって初めてシャノン王女に会ったときは、好奇心旺盛な強い意志を灯した瞳でいろいろな話をしてくれたのだが、面白い話の一つも出来ない私に愛想をつかしたのか、だんだんと笑顔が少なくなり、ついには笑うことも話すこともしなくなった。
話が上手くない俺のせいなので仕方がない。無理に王女に合わせてもらいたいとも、我慢して笑いかけてほしいとも思わない。
しかし、今のシャノン王女は口数は少ないが、俺の話すことに可愛らしい瞳を輝かせて興味深そうに耳を傾けてくれる。
もっと彼女のことが知りたいし、もっと彼女の笑顔が見たい。
こんなに一人の人のことを深く知りたいと思ったのは初めての経験だった。
だんだんと打ち解けてきたある日のお茶会で、ふと庭の隅に咲いている白い花に目を留める。
「リナリアの花か」
「お花にお詳しいのですか?」
シャノン王女が驚いた顔で尋ねてきた。
「いや、この花の名前しか知らない。亡き母が一番好きな花だった」
母はこの花が好きで、母の部屋から見える裏庭には春になると白い絨毯ができるほど見事に白い花が咲き乱れていた。
「私も、一番好きな花です」
そう言って微笑むシャノン王女は、今までで一番可愛く見えた。
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「調子に乗ってしまった」
少女は落ち込んでいた。
今まで聞き役に徹し、好物や好きな色といった質問に答えるときは日記やメイド達への聞き取り調査から得た情報を総動員してシャノン王女の好きな物を答えていた。
それが、今回の不意打ちの花の話。リナリアの花の名をオスカーが知っていたことにテンションが上がってしまい、思わず自分の一番好きな花だと言ってしまったのだ。シャノン王女の一番好きな花は真紅の薔薇なのに。
まぁ、そこまでの失態ではない、はず。
次からは気をつけよう。
オスカーとは、住む世界が違うのに一緒にいるととても落ち着く。
本当は面会中張りつめていないといけない緊張の糸も、オスカーの声を聞いていると緩んでしまう。
「…このまま王女様が見つからなかったらどうなるんだろう?」
ふと疑問が浮かんだ。
そのまま、オスカーと結婚するなんてことになるのだろうか。
オスカーの隣でウェディングドレスを着た自分を思わず思い浮かべ、ハッとして自分を殴りつけた。
万が一王女様が見つからなかったとしても、身代わりをそのまま輿入れさせることなどあり得ないだろう。それこそバレた時は少女の命どころか国すら無くなる。
オスカーとの未来は、一ミリもあるはずない。そう思うと、少し悲しい。
「それにしても、王女様はどこに行ってしまったんだろう」
シャボン玉のように忽然と消えてしまった王女の安否を心配しながら、心地よい疲労を感じつつ少女は夢の中へ入っていった。