偽王女の初仕事
あっという間に二週間は過ぎ、婚約者である同盟国の王子と会う日がやって来た。
「名前はオスカー様。帝国からこの国へ留学中。趣味は読書。コーヒーより紅茶派。」
ブツブツと王子の情報を復習しながら少女は婚約者を待っていた。
全て付け焼き刃で、正直見破られない自信がない。不安しかない。でももう後戻りは出来ない。
緊張に震える手を握りしめていると、王子が到着した。
ガッシリとした体付き、キッチリ整えられた黒髪に、何もかも見透かすような碧い眼の美男子だった。
しかし表情は無表情で、婚約者に会えて嬉しいという雰囲気はまったく感じられない。
「オスカー様、ごきげん麗しく。御足労いただき、恐縮でございます」
少女はカーテシーをした。
(良かった、ふらつかなかった)
二回に一回はふらつくカーテシーの成功に心の中でガッツポーズを決めた。
「シャノン王女。出迎え感謝する」
オスカーが静かにそれに応える。
(とりあえず挨拶は成功ね)
二人は庭に移動し、繊細で美しい茶菓子が並べられているテーブルについた。
王子と会うときは大抵ガーデンでお茶をするらしい。
(お茶菓子おいしそぉぉ〜〜!でも、我慢我慢)
垂れそうなヨダレを誤魔化すために扇子を開き口元を隠した。
今日少女は最低限の会話で乗り切ろうと思っている。
オスカーの話に相槌をうつだけにして、余計なことを喋らなければボロは出ないだろう。
最大の山場であった挨拶を乗り切った少女は少し油断をしていた。
数分後、二人の間にはまだ沈黙が流れていた。
オスカーの話に相槌をうてばいいと思っていたのに、そもそもオスカーが何も話さない。
少女は微笑みを顔に貼り付けながら、背中は汗ダラダラだった。
オスカーはジッと少女を見て、やっと口を開いた。
「シャノン王女、なにか…雰囲気が変わったか?」
(ば…バレた??誤魔化さなきゃ…)
「そうですか?お会いするのが久しぶりだったので、お化粧に力が入ってしまったのかもしれませんわね、ホホホホ」
視界の隅で、紳士が白目を剥いている。
(私やっちゃった?)
「そうか。体調が悪いのでなければ、それでいい」
(セーフっぽい)
あとは王子が帰る時間まで、二言三言言葉を交わすだけで、再会の(初対面だけど)時間は終わった。
オスカー王子を見送り姿が見えなくなると、少女はヘナヘナと座り込んだ。
「ひとまずバレずに済みましたな」
紳士が隣に来てホッとしたように言った。
「もう、これ以上は無理です。一時間でもギリギリでした。バレるのは時間の問題ですよ。王女様はまだ見つからないんですか?」
「毎日総動員で草の根を掻き分けて捜索しておりますが、手がかり一つつかめていません。あなたには申し訳ないが、続けていただくしかない」
王女の王宮からの脱出を許すセキュリティの甘さ、王女失踪からもう一ヶ月も経つのに手掛かり一つ見つけられないこの体たらくに、少女はこの国が帝国に依存しなくては生き残れない理由を察した。
少女はその夜ベッドの上で、何度も読み返した日記を今日も手にしながら、オスカーのことを思い出していた。
確かに冷たい印象の人だったけど、威圧感は感じなかったし、体調の心配までしてくれた。王女の日記に書かれているような悪い印象は感じなかった。
しかし、冷や汗をかきながら凄まじい緊張感の中で飲む紅茶は香りも味もしなかった。こんなお茶会は一回きりで充分だ。
シャノン王女が早く戻って来てくれることを祈りながら、ホッとする間もなく次の面会日に向けてすぐに王女教育が再開されたのだった。