緊急作戦会議
「それでは皆様、これより……緊急作戦会議を始めます!」
ミレイがメラーユの棲家から宮殿に戻って早四日。ミレイとの最後の時間を惜しむ様に、泣いたり笑ったりしてきた人魚の姉妹達だが、この日の夜は様子が違った。
中央広間、大理石の長テーブルに集まった彼女達は、ミレイの今後について思案する。
その場を取り仕切り、冒頭から発言を続けるのは五姉妹の三女、タルトである。
「えー、この度うちのミレイが魔法によって人間となり、王子様に会いに行くことと相成りまして、上陸する前に課題を整理したいと思います。早い話し! 本日の議題は『王子様との出逢い方』です!」
タルトは座ることもなく、得意気に口上を述べる。
「パチパチパチパチ……」
一応、拍手する一同。
「メンバーは長女のセナ、次女のソフィー、四女のホム、当事者で五女のミレイ。そして、ゲストにヤドカリ冒険家のハミット!」
こちらです! と言わんばかりに、ヤドカリの方へ手を向けるタルト。
「ど、どうも。ご紹介に預かりました、冒険家のハミットです。えっと……オイラ、好きな食べ物はポップコーンだな」
宮殿の中は、魚たちも普通にウロウロしているため、テーブルの上のヤドカリを、ゲストだと思っていなかった一同。
(ヤドカリが喋った……)
(ポップコーンって何だ?)
(声、高い……)
(なんで好きな食べ物?)
誰も何も喋らないまま、変な間が生まれた。
「……はい! 司会は私、三女のタルトが担当させて頂きます!」
それでは意見のある方どうぞ! とタルトが言って、
議論の幕は上がった。
「王子様っていつも何処にいんのー?」
先ずはソフィーが疑問を口にした。それにセナが答える。
「そりゃ王城でしょ」
「じゃあ、王城に行けば会えるんじゃね?」
「それムリ。不審者として摘み出される」
そう言って、ソフィーへ指摘をしたのは、四女のホムだ。
彼女は口数の少ない大人しい性格だが、知識は人一倍に持っている。
「じゃーさ、忍び込んで直接、会っちゃえば?」
「だから、それも不審者でしょーが!」
ソフィーの発言に、セナがツッコむ。
「お城から出てきた時に、会えないかな」
ミレイがそう言うと、ハミットが答えた。
「いつ出てくるかだな。それに護衛もついてるしな」
「うっ、意外と難しそうだね……」
ミレイは膨れ顔でテーブルに伏せった。
「はーい。では皆様、逆に王子様と出会える女性ってどういう人だと思いますか?」
タルトが話題を変えると、少し考えた後でセナ達が答えた。
「んー、そりゃ貴族令嬢でしょ」
「王女様」
「王室付きのメイドとかだな」
「……」
セナ、ホム、ハミットがそれぞれ意見を出す中、ミレイは押し黙っている。
というよりも、魂が抜けてしまっている。
「おい、ミレイ! お前、大丈夫かホントにっ!」
ソフィーはミレイの肩を両手で掴みながら言った。
「ううっ……ヤバイかも」
今にも泣きそうな顔をするミレイ。
そこからは、どうしたら貴族令嬢に近づけるかとか、ミレイに似合いそうなメイド服についてなど、あーでもない、こーでもないと言って会議は紛糾した……。
「バンッ、バンッ」
そして、さらに議論が進む中、司会のタルトがテーブルを叩いた。
「はーい。静粛に! 静粛にしてくださーい! みんなで喋るとわけわからないので、一人ずつお願いしまーす!」
議論は当初の趣旨から大きく外れて、ミレイがどうやって生活していくか、になっていた。
そして次第に、ミレイは本当に生活していけるのか……? という話に変わっていく。
「これは修道院しかないわね……」
「うん、まずは衣食住の確保」
どこか遠い目をして言うセナと、珍しく険しい顔をして言うホム。
その不穏な空気を察したミレイは、恐る恐るハミットに聞く。
「しゅうどういんって何?」
「シスター達が神の教えに習って、質素に生活する場所だな」
そう答えたハミットは、貝殻の中から顔とハサミだけ出していて、すでに眠そうである。
「ほーん、ミレイをシスターにしてもらうのか?」
「そうじゃなくて、家も仕事もないミレイを、修道院なら引き取ってくれるかなって……」
ソフィーの問いに、セナは気不味そうに答えた。
「おいミレイ! お前、両親を亡くした孤児と同じ扱いにされてるぞ!」
「な、なんでよー!」
ミレイとソフィーは抱き合って、泣き喚いている。
「なんかもう、不毛な議論になってきたな……」
呆れ顔のハミットは、殻の中にそっと閉じ篭ってしまった。
「とにかく! 第一印象は大切よ。理想は貴族令嬢に負けないくらい、着飾った姿で王子に会うこと!」
方法なんて何でもいいわよ、と言ってあくびをするセナ。
どうやら彼女は、この議論に匙を投げたようだ。
「セナ姉! 私、冒険家になるよ! お宝を見つけてお金持ちになるの! それで有名になって王子様に会いに行く!」
「お、さすがミレイ! その意気よ!」
現実から目を背ける二人。
すると、タルトがミレイの方へ近寄ってきた。
「愛しのミレイ! あーなたーならーできーるー♪」
そして、いきなり歌い始めるタルト……。
『できーるー♪』
なぜかそれに乗っかる一同。
「やれーるー♪」
『やれーるー♪』
深夜の宮殿に、明るい歌声が響き渡る。
歌い出したら、止まらない彼女達。
人魚の夜は長い……。