表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/19

小さな夢


 青く広大な海の上に人魚が二人、どこに行く訳でもなく、ぷかぷかと浮いていた。晴れた空には白い雲が、形を変えながら流れている。

  

「セナ姉? 雲ってさぁ、いつまでも眺めてられるよね……」

「ていうかさ、そろそろ帰らない?」

「……もうですかー?」


 ミレイはメラーユに会ってからというもの、ぼーっとする時間が多くなっていた。セナが色々と話かけても、無気力な返事をすることも多い。


「あのねぇ、そろそろシャキッとしてくれない? あんたがそんなだから、みんな影で心配してるのよ?」

「心配って……? 私、おかしなところなんてないよ?」


 いや、十分おかしいでしょと言いかけて、セナは口をつぐんだ。


「ねぇ、ミレイ。まだ王子様のこと、忘れられない?」

「……その話はしないでって言ってるでしょ? もう何とも思ってないってば」


 セナは静かに海の中に入ると、ミレイに見えないところで頭を抱えた。


 メラーユの話を聞いて感じたこと。それは王子に会いに行くことが、如何いかに困難かということだ。

 おそらく、ミレイも痛いほどよく分かっているはずだが。

 セナの心配は、ミレイがちゃんと、王子への想いを断ち切れるのかということだった。


「ぷはっ! まぁ、時間が解決するでしょ!」

「???」

「今日の晩ごはんは何かなー?」

「エビー!」

「エビは昨日食べたでしょ!」

「今日もエビ!」





 とある海底に、小さな遺跡があった。

 岩裾に巨大な支柱が並び立ち、ほとんど損傷のない建造物は、古くは王宮として使われていた。

 いつしか海底に沈んだその遺跡は、人魚達の棲家すみかとなり、『宮殿』と呼ばれるようになった。


 そして数日後、ミレイ達の住む宮殿は、にぎやかな日常を取り戻していた。


「なぁ、ミレイ。お前、提灯ちょうちんアンコウがどうやって子供を産むか知ってるか? メスがオスの体を吸収して、卵を産むんだぜ? あいつら気持ちわりーよな!」

「キャハハハ、ウソでしょ!? おもしろすぎ!」


 ミレイに至っては、上からニ番目の姉、ソフィーと大笑いしていた。そこへ、セナが割って入った。


「ちょっと! 何時だと思ってんのよ! いいかげん寝なさいよ、あんた達!」

「たまには、いいじゃんかよー! てか、セナちんもこっちきてよー」

「い、や、よ! 私はもう寝ます!」

「えー? セナ姉のけちー!」


 部屋を出ようとしたセナが、ミレイ達をキッと睨むと、二人は静かに立ち上がった。


「なぁ、ミレイ。そろそろ眠くなってきたな……」

「う、うん。寝よっか」


 二人はおとなしく寝支度ねじたくを始めた……。


 セナは割と元気になったミレイを見て、安心していた。少なくとも、これ迄の無気力な状態は、今のミレイには無い。


(あの調子なら、もう大丈夫かな……? フーフフーン♪)


 セナは羽を伸ばして、寝床に入った。





 深夜、ミレイがまだ寝具の中でうとうとしていると、急に部屋が明るくなった。

 不思議に思って、目をこすりながら起き上がると、目の前に提灯アンコウがいた。


「……何のよう?」


 ミレイが聞いても、提灯アンコウは口を開かない。

 どうやら、黙ってついて来い、ということらしい。

 こんな時間にどうして、と思いながらも、仕方なくミレイはついて行った。

 外に出ると、ボロボロの怪しい船が待機していた。

 海中に潜水する船など、聞いたことがなかったが、提灯アンコウはその船に向かっていく。


 「これに乗るの?」


 ミレイはその大きな船に乗り込むと、船内のドアを開けた。

 すると意外にも中は明るく、綺麗な内装をしている。


(おかしな船……。いったい誰の船なんだろう)


 恐るおそる廊下を歩いていると、急に部屋の扉が開いた。


「こっちだ」


 ミレイは何者かに腕を引っ張られると、部屋の中に引き込まれた。

 見渡すと、そこは大きな広間で、着飾った人達が大勢いた。大きな円卓がいくつもあって、豪華な料理が並んでいた。天井のシャンデリアが眩しくて、ミレイは目を細めた。


「さぁ、一緒に踊ろう」


 ミレイが声のする方を向くと、そこにいたのは王子様だった。ミレイが憧れて止まなかった、レオル王子がそこにいた。


「で、でも私は……」


 ミレイは自分の足下を見た。


「足が……ある……」


 どういう訳か、ミレイは人間の姿になっていた。

 それにいつの間にか、純白のドレスを着飾っている。


(何かの魔法……?)


 そうして音楽が鳴り始めると、王子はミレイの手を取った。

 心地良いワルツが、会場を一体にしていく。

 華やかな舞踏会ぶとうかいで、王子と一緒に踊るミレイ。

 楽しくて楽しくて、王子が何かをささやく度に、ミレイは微笑わらっていた。

 しかし、とうとう不思議に思って、王子にたずねてみた。


「これは夢……ですか?」


 それに対して、王子は笑顔で何かを答えてくれている。

 しかし、何を言っているのか聴き取れないまま、ミレイの意識は遠のいていった。

 そうして小さな夢は、朝を迎えた。





 目が覚めると、泣いていた。

 ぬぐっても拭っても、涙がこぼれ落ちてきた。

 夢の中とはいえ、王子様に会えたことが嬉しかった。こんなに嬉しいと思わなかった。

 王子様のことはもう、心の奥底にしまっておこう。絶対に考えないようにしよう。そう思って、意識しないようにしていたのに。

 夢の中で会ってしまった……。

 小さな光を暗がりの中に隠そうとしても、かえって輝きが増してしまうように、いつの間にか自分でも気づかないうちに、憧れという光が心の奥底で、強く、大きくなってしまっていた。

 自分の気持ちを、あざむけないほどに──。



「ソフィ姉、おはよう」

「おっはよう、ミレイ。あら、今日はなんか、いつもと顔つきが違うな……。なんかこう、シャキッとしてるぞ?」


 その会話を聞いていたセナが、驚いた表情で振り返った。そして、ミレイの顔を見ると、確かにいつもと顔つきが違っていた。


「セナ姉、話があるんだけど」


 ミレイの表情からは、どこか覇気が感じられた。久しく見ていなかったその表情に、セナは嫌な予感がした。


「なによ、話って」

「私ね、やっぱりメラーユさんに頼んでみる」


 セナは朝支度をしていた手を止めた。


「本気なの? 命に関わるって、言われてるんだよ?」


 ミレイは少しうつむいた。


「私、思うんだ。これは私の冒険なの。だから、命を掛けるのは特別な事じゃないよ。それに私、もう自分に嘘はつけない……。王子様に会いたい」


 真っ直ぐな目でそう言われて、セナは焦った。


「ちょっと待ってよ! 私達は? もう会えないかもしれないんだよ?」

「うん」

「うんって……」

「だからね、セナ姉。今まで本当に……、本当に! ありがとうございました……!」


 ポロポロと大粒の涙をこぼすミレイを、セナは優しく抱きしめるしかなかった。


「もう……、バカなんだから……」


 海底の朝に、悲しみが満ちていく……。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ