隣国の王女
王都の小高い丘の上に、レンガ造りの風格ある城が聳えている。それこそが王都の象徴、メルトキア城である。
一行はしばらく城の入り口で待つと、執事の男に出迎えられ、武器は携帯できないと説明を受ける。
「馬車で待機していてくれ」
レオルは銃を携行する護衛達に言って、執事にこれでいいか? と言うふうに微笑んだ。
そうして大きな扉から城内へ入ると、そこは高い天井に眩しいシャンデリア、床一面に広がる上質な絨毯と、正しく豪華絢爛。いたる所に大きな鏡が備え付けられ、広い空間がさらに広く演出されている。
「ミレイ、あまりきょろきょろ見ないようにな」
落ち着かない様子で辺りを見まわすミレイが、レオルからそっと声を掛けられる。
「すみません、なんかいろいろ凄くて……」
ラザナールの館もそこそこ浮き世離れした空間のはずだが、メルトキア城の内装はその比ではなかった。おそらく、工業国として成功しているが故の豪華さなのだろう。
先行する執事の後ろをしばらく付いていくと、とある部屋の前で執事が足を止めた。
「こちらでございます」
そっと部屋の扉が開かれると、広い部屋の奥に女性が二人立っていた。
一人は小柄でふくよかな若い女性で、こちらはおそらく王女の身のまわりの世話をする侍女だろう。
レオルはもう一人、ドレスのシルエットが美しい女性に向かって歩いていく。
色白な肌と胸まで伸びた深紅の髪、圧倒的な存在感とが相まって、彼女にはお姫様という言葉がよく似合う。
王子はそのお姫様の前まで来ると、片膝をついて彼女の手をとり、その手の甲にキスをした。
それは貴婦人に対しての作法であり、彼女への敬意を示すものでもある。
「ふふ、来るのが遅いんじゃないかしら?」
姿勢を低くするレオルに、彼女はそう言って微笑んだ。
「少し、自分を見失いました……。それでもまた、こうしてお会いできた事に感謝を。今この瞬間があるのも、王女のおかげです。クルシア殿」
レオルの真剣な眼差しは、クルシアを真っすぐに見つめている。
「もう、大丈夫なのですか……?」
心が病んでしまった彼のことを人伝に聞いていたクルシアは、そう問い掛けながらも、目の前のレオルの姿に安堵しているようだった。
「ええ、このとおりです。彼らの死と向き合って生きる覚悟が、できたと思っています」
レオルはゆっくりと立ち上がると、そう言って彼女に笑顔を向けた。
「その言葉を聞けて安心しました。レオル様とこのように言葉を交わすのはいつ以来でしょうね」
二人は隣国同士、幼少からの顔馴染みではあるが、話しをする機会がそれほどあったわけではない。成長するにつれて、互いに公務の時間が増えると、それはより顕著となった。
「それほど昔とは思いませんが、少し見ない間に、王女はずいぶんと美しくなられたようです」
以前までの彼女にどこか地味な印象を持っていたレオルだが、目の前にいる今の王女は紛れもない美少女だった。
「ありがとうございます。私をそのようにお褒めくださるなんて……。レオル様こそ少しお変わりになられたのでは?」
彼女の知っているレオルは、どこか素っ気なく、心に壁を作っていて、女性の外見を褒めるような性格ではなかった気がする。彼の変化が年齢によるものなのかは分からないが、クルシアにはそれがとても新鮮に映った。
「そうでしょうか……? 私はいつも、思ったままを口にしているだけですが」
そう答えたレオルに
「そう……なんだ」
と小さく呟いたクルシアは、少しだけ乙女の表情になった。
「それはそうと、クルシア殿にお礼の品を持参致しました。受け取って頂けますか?」
そう言うと、レオルは部屋の片隅で待機しているミザイルに、視線を送った。
「そんな……。お礼なら王子のお父様からすでに……」
「こちらになります、王女殿下」
戸惑うクルシアに、ミザイルが小さな宝石箱を差しだした。
彼女はそれを受け取ると、そっと箱を開けてみる。
「素敵。ピンクサファイアのペンダント……」
深く濃いピンクに輝く小ぶりのペンダントに、クルシアは目を輝かせた。
「せっかくなので、着けてみて頂いてもいいですか?」
「もちろんです」
レオルはペンダントを受け取り、彼女の後ろにまわると、その麗しい髪をかき分けた。
クルシアとレオルの距離の近さに、なぜかミレイの顔が赤く染まり、心の中でうわっ、うわっと悶えている。
その横で、ミレイと同じく壁際に待機しているエレンがミザイルに質問していた。
「ミザイル様、あのペンダントは?」
「あれは私から王子へ勧めておいたものだ」
「ミザイル様が?」
二人は口に手を当てながら、ヒソヒソと会話する。
「ああ。ペンダントを送るというのは、異性への独占欲の現れとする場合もあってな。少々扱うのが難しいアイテムだが、王子はそういう事には疎そうなのでな」
「えぇ、大丈夫なんですか? 王女が誤解してしまうのでは……」
「それでクルシア様が王子を意識するような事があれば、お二方の距離も縮まるというもの。誤解してもらって大いに結構」
そう言ってニヤリと笑うミザイルに、エレンは心中でうわぁ……と引きつつ、それ以上は何も言わなかった。
「どうですか……?」
ペンダントを着けてもらったクルシアは、レオルの方に向き直ると、胸に輝く宝石を彼に向けた。
「とっても似合っていますよ」
「ふふ、ありがとうございます。大切にしますね」
レオル達はクルシアの部屋を出ると、入り口近くの広間まで戻ってきた。
広間には休憩用の席がいくつか並んでいて、彼らはその一角に座った。
暫くするとメイドがやって来て、四人に紅茶を差し出してくれた。
可愛い模様のカップと受け皿を、ミザイルがまじまじと見つめている。
「そう言えば、ラルシカには四季があるんでしたな。ルリカと比べると肌寒いのは、そのせいでしょうか」
「ああ、隣国なのにな。しかし、そのお陰で熱い紅茶が美味しく頂けるだろ?」
そう言って、レオルはティーカップを口に運ぶ。
「殿下、このあと国王夫妻の元へ挨拶に行かれますか?」
「ああ、そうしたい」
エレンの問い掛けに、レオルはあっさり返事をする。
「では調整でき次第お呼び致しますね」
そう言うとエレンは立ち上がって、席を離れた。
「ミザイル、先程クルシア殿から夕食に誘われた。オレ達は今晩ここに泊まっていいそうだ」
「畏まりました。それでは私共の宿はキャンセルさせておきましょう。護衛の者たちにそう伝えて参ります」
そう言うとミザイルも席を離れて行き、残ったのはレオルとミレイだけになった。
しかし、王子と二人きりにも関わらず、ミレイの表情はどこか暗い。
柱時計の秒針が静けさを主張するように、チクタクと音を立てている。
仄暗い心の底から悔しい気持ちだけが込み上げてくるのは、美しい王女へ感謝をする王子の姿を見たせいだろうか。それにしては、あの二人をどこか尊敬の眼差しで見ていた気がする。少し前は、このまま王子の傍にいれば何かが変わる気がしていたのに、今は焦りしか感じない。一欠片の真実をすくい上げるなら、リスクを冒すしかないのだろうか……。
ぬるくなった紅茶を飲み干した後も、ミレイは斜め向かいに座るレオルを避けるかのように俯いた。
「ミレイ、君はクルシア殿に会ってみてどうだった?」
そんな彼女に、レオルは何気なく話題を振ったのだが。
「私はべつに……」
今の彼女には、素直に返事をすることも出来ない。
「そうか……。ま、興味が無ければそれまでだしな」
それ以上は会話が続かないと思ったのか、王子はテーブルに置いてあった雑誌を広げるのだが……。
ミレイは何かを決意したかのように静かに立ち上がった。
「レオル様は……人魚っていると思いますか──?」
その唐突な質問が、レオルの視線を再びミレイの元に呼び戻した。




