婚約者候補
ルルリカの街並みを見下ろす王城は、その地名から名をリオンディーズ城という。
その城内の応接間にあたる一室に、二人の男が待機していた。
レオル王子のラルシカ訪問に同行する彼らは、ある人物から呼び出されていた。
「あなた様が外遊とは珍しいですね」
青年にそう話掛けられた人物は、白髪でオールバックの男。王室の執事長を努めるミザイルだった。
「外遊は好きではないが、王子に頼まれては断れまい。まぁ、クルシア王女への御下賜品も、私が用意しているのでな」
ルリカ王室としては、王子の命を救ったクルシアに対して、手厚い礼物を贈りたいと考えていた。
その品物や謝礼を贈りに行くのは、当然レオル本人だとの考えがあったが、王子の回復に想定外の時間が掛かってしまっていた。
もちろん、ラルシカ王室には事情を説明してあるが、外遊先で改めて事情を説明する役回りは、執事長のミザイルに求められた。
(私としては、マリア君に全てを押しつけても良かったが、頑なに断られてしまった。あの小娘が……)
苦々しい顔をするミザイルが、今度は修道服姿の青年に向かって話しかけた。
「貴公はまだ若いというのに、ラルシカ王室からの信頼も厚いと聞く。なんとも逞しい外交官だな」
ミザイルが褒め称えた彼の名は、エレンという。サラサラの髪と大きな瞳は、人形のような愛らしさを備えている。
「いえいえ、私なんかまだまだですよ。それにしても、王妃は我々になんの用ですかね?」
彼らはこの国の王妃、カタリナから呼び出されていた。
「さあな。直に分かるさ」
それから暫くして、部屋の扉が開いた。
お待たせしましたと言って、侍女を引き連れたカタリナが椅子に座ると、王妃は硬い挨拶は抜きに話を始めた。
「ラルシカへ同行する貴方方に、お願いしたい事があるのです」
王妃の言葉に、二人の男は目を合わせた。
正直、面倒な予感しかしないのだ。
「実は、わたくしはクルシア王女のことを、レオルの婚約者候補として考えています」
レオルの母親である王妃は、目つきは鋭いが、明るい表情でそう言った。
「もちろん、大切なのはレオルの気持ちです。最終的に婚約相手を決めるのは、あの子自身であり、それを国王が許可するかどうかですが、背中を押すくらいの事はしても良いはずです。そこで……」
カタリナは、ミザイルとエレンの顔を交互に見た。
「ラルシカに着いたら、あの二人の仲が進展するように、計らって貰えませんか?」
面倒くさい……! と内心で叫びながらも、男達は表情には出さなかった。
そして、王妃の問いにはミザイルが答えた。
「畏まりました……。そのような役回りは経験がありませんが、善処致します。しかしながら、なぜラルシカの姫君を婚約者候補に?」
「彼女は優秀です。自分で考え、行動に移す力があります。彼女のような女性が、次期国王の伴侶となってくれたら、この国にとって心強いと思いませんか?」
王妃の回答に、はぁ……と心無い返事のミザイル。
彼にしてみれば、たかだか十八歳の姫君に何を期待しているのかと思うしかない。
そんなミザイルを横目にエレンが口を開く。
「それは確かにそうですが、優秀だからこそ、ラルシカ国王が彼女を諸外国へ手放すとは思えないのですが……」
「それはどうでしょうね? 少なくとも、わたくしはクルシア王女がレオルの命を救って下さった事に、運命を感じています」
「運命、ですか……」
話が一段と大きくなってしまい、エレンも言葉が続かなかった。
そして、呆然とする二人を前に、カタリナは悠々と話を続ける。
「彼女が救出の船を出していなければ、レオルは間違いなく死んでいました。嵐の海に投げ出されて生還するなど、奇跡としか言いようがありません。あの嵐の夜、レオルの命運を握っていたのは、クルシア王女なのです」
そう言いながら立ち上がった王妃は、大きな窓の遠くに映る広大な海を見つめた。
ラザナールの館では、二人のメイドが日課の掃除をしていた。
「あの、ルナさん」
箒を掃く手を止めたミレイが、ルナに話しかける。
「クルシア王女って、何歳くらいの方なんですか?」
棚や額縁を拭いて周るルナは、動きを止めずに答えた。
「たしか王子より二つ歳下だから、十八じゃないか?」
「そっか……。若いんですね……」
ミレイはどこか残念そうに言った。
「若いって……。そういえばミレイは歳いくつなんだ?」
「私は、このあいだ十五歳になりました。四月の二日が誕生日なので」
それを聞いたルナは、掃除する動きを止めた。
「私と同い年なの? わるい、てっきり歳下だとばかり……。お前さ、少し子供っぽいところあるじゃん? ほら、身長とか精神年齢とか、私のほうが上だし」
「うっ……」
そこまで大差のない身長と精神年齢を引き合いに、ルナはそんな事を言った。
「ルナさんも十五歳?」
「うん。私も先月に誕生日を迎えたばかりだからな。なんだよ、それならタメ口で話そうぜ?」
ルナは少し嬉しそうに言った。
「タメ口……?」
「さんは付けずに、ルナって呼んでくれればいいって事」
そう言われて、ミレイも少し嬉しそうだ。
「それじゃあ、ルナ……?」
「ん、なんだ?」
ミレイの視線は、ルナの胸元へ移った。
「胸は私のほうが上だね!」
控えめな胸のルナに、それよりは大きいというだけのミレイが得意気に言うので、ルナは引きつった顔をしている。
「しばくぞ、お前……」
そして、再び掃除を再開する二人。
ルナは机の上に開かれた紙を見ると、ミレイを呼んだ。
「ほらミレイ、今日のこれにクルシア王女のこと、書いてあるぞ」
それは『デイリーペーパー』と見出しのついた、横文字とイラストで構成されている新聞だった。
「……? なんて書いてあるの?」
ミレイは真顔でそう言った。
「えっ、もしかして読めないのか……?」
驚いた表情のルナに、ミレイは小さく頷いた。
そんなミレイに、ルナは愛想笑いを浮かべる。
「まぁ、女子には珍しくもないか! でも不安要素がまた一つ増えちゃったな……」
実際、この国の識字率には、男女や年代で差があった。
読み書きができる事は、当たり前ではないのだ。
「ねえ、ルナ。なんて書いてあるの?」
クルシアの事が気になるミレイは、ルナに再び催促する。
「えっと……『クルシア王女、外交でまた一つ成果を上げる』だってさ。難しい話は、私にもよくわかんないけど」
その記事は、様々な国と外交を行うクルシアの活躍の、一例を取り扱ったものだった。
「そっか……。凄い人なんだね……」
どこか元気なく呟いたミレイ。
なんとなく、レオルの気持ちがクルシアへ向かわないか、不安になった……。




