執事とメイド
レオルが王城へ帰った翌日、執事のミザイルが再びラザナールの館へ訪れた。
客間に入ったミザイルは、紅茶を一口飲むと、対面するマリアへ向かって言った。
「王子の件、よくやってくれた。先ずは礼を言う」
「いいえ、私は何も……」
ミザイルはマリアに対して感謝を伝えたが、彼女としては複雑な気持ちだった。
王子を救ったのはミレイであって、自分はその後押しをしただけ。
それがマリアの認識だが、ミザイルにその一部始終を話せば、ミレイの言動を問題視されてしまうだろう。
「謙遜することはない。マリア君に任せた私の判断は、正しかったと言う事だ」
「……」
ミザイルは任せたと言ったが、マリアの認識は丸投げされただ。
それなのにミザイルの言い方は、まるでマリアを配置した自分の手柄だとでも言っているようだ。
「時にミレイとか言ったな。いつまで此処に置いておくつもりだ?」
「いつまでと言われましても。行くあてのない子ですし、此処で働いて貰おうと思ってますが?」
使用人は、基本的に人手不足だ。
特に住み込みで働けるメイドは、王室と言えども貴重である。
ミレイが仕事を覚えて、戦力になってくれれば、王室としても助かる話なのだ。
しかし、ミザイルは顔を歪めた。
「それは駄目だ。記憶もない。素性も分からん。そんな者をよく雇うと言えるな?」
ミザイルは白い手袋をはめた中指で、メガネを押さえながらそう言った。
「お言葉ですが、館の人事は私に一任されている筈では?」
「それは王子の回復に際して、全て任せると言ったのだ。王子はもう回復したではないか」
マリアもそれは分かっている事だったが、ミレイを留める手段の一つとして、最初にそれを確認したまでだ。
「そうですか。しかし、あの子を雇ったからと言って、何か害があるとも思えませんが?」
マリアは語気を強めてそう言った。
「そう思うか? 実害なら既に出ている。他ならぬ王子の事を、影で言われているのだよ。『ロリコン王子』だの『朝帰りの王子様』などとな。まぁ、裸の少女を連れ帰ってくれば無理もない」
王城では、ミレイに対する悪口がまことしやかに囁かれていた。
金目当ての娼婦と疑う者や、ハニートラップだと言う者もいた。
そして、レオルに対しても、根拠の無い悪口は影で踊っているのだ。
「あらぬ疑いをかけられては、王家の名に傷がつくというもの。あの者は、修道院にでも任せればよい」
ミレイを修道院に送ろうとするミザイル。
しかし、マリアはそんな執事に対しても、毅然としていた。
「あの子は教会で倒れていたのを、王子が連れ帰って来たんです。下手な事をして、神様から天罰を受けたり、王子から恨みを買ったりしないか心配です……」
マリアは、執事の不安を煽るように、わざとらしく言っている。
そして次に釘を刺す。
「ですが、執事長様の命令とあらば仕方ないですよね!?」
一見、一か八かの賭けに見えるが、マリアはよく知っていた。目の前の男は、王家への忠誠心が強いことも、神への信仰が厚いことも。
そしてミザイルは、ある噂を思い出していた。
それは満月の夜、ラザナールの辺りで光の柱が上がったというものだった。
その翌朝、教会に少女は倒れていた。
それが意味する事とは何なのか。
「ちょ、ちょっと待て……! その、あれだ。もう少し、様子を見ようじゃないか……」
マリアはすでに椅子から立ち上がり、ミザイルに背中を向けていたが、彼の言葉を聞くと振り返った。
「……はい、分かりました」
「ウザイルの奴、まーた来たのかよ。マジうざいな、あいつ」
マリアが作業部屋に戻って来ると、ルナは開口一番にそう言った。
「ルナちゃん、そういう言い方はウザイル様に失礼よ?」
マリアは、ミザイルの悪口を言うルナを冷静に制止した。
「で、何を長々と話してたんだ?」
「ミレイちゃんのことについてよ」
マリアは疲れたのか、椅子に深くもたれ掛かった。
「あぁ、だいたい想像ついた。私も最初は疑って掛かってたし」
ルナは両手を頭の後ろで組みながら、楽しげに話している。
「それで、あいつの事どうするって?」
「もちろん、此処で働いて貰うわ」
二人は視線を交わすと、笑顔になった。
「さすがマリア」
ルナがマリアを讃えたところで、部屋の扉が開いた。
そこに立っていたのは、メイド服姿になったミレイだった。
紺色の生地をベースに、白いエプロン風の前飾りがついていて、ロングドレスのシンプルなものだ。
「あら、似合うじゃない!」
「確かに。少しは仕事できそうに見えるな!」
そう言われて、ミレイは照れ笑いしている。
「あの、いいんですか? これ頂いてしまって」
靴と頭飾りもセットになっていて、タダで貰うのも気が引けてしまう。
「いいわよ。貴方のお給料から差っ引くだけだもの」
「さっさと仕事覚えてくれよな」
仕事用の服なのに、支給はしてくれないらしい。
王室の使用人であっても、なかなか世知辛い。
「はい、がんばります……」
ミレイはタジタジになりながらも、メイドの仲間入りになれたことが嬉しかった。
「そうそう。まずはここで頑張ってみなさいな。お金を貯めないことには、出て行くに出て行けないでしょ?」
「良かったじゃんか! 住み込みの私達は、三食タダなんだぜ?」
マリアとルナも歓迎してくれているようで、ミレイには心強い。
「マリアさん、ルナさん! こんな私ですが、よろしくお願いします!」




