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嵐の夜


 見上げれば、宝石のように輝く星月夜が、空いっぱいに広がっていた。遠くには、ルリカ王国の夜景が闇に浮かび、海面うなもを照らしている。その海面には、数隻の船が明かりを灯して、波と揺れていた。

 十五歳になったばかりのミレイには、どの光景も初めてで、とても眩しかった。


「どうよミレイ、言ったとおりでしょ?」

「すごいよ、セナ姉。想像以上だよ! こんなに綺麗だなんて……」

「もう少し近づいてみる?」

「うん、行ってみたい!」


 広大な海の中を、彼女たち『人魚』は驚くほど簡単に移動した。この海において、彼女たちより速い生き物はいない。


「ハイ着いた! ねえミレイ、あれが何かわかる?」

「船でしょ? なんかにぎやかだけど」

「そうね。じゃあ、船の上でギターを弾いてる人が誰かわかる?」

「えー? わかるわけないよ」

「なんと、ルリカ王国の王子様!」

「へー、そうなんだ」

「反応薄いわね……。驚かないわけ?」

「だって、よく知らないもん!」

「なんでよ? 私達の間でも、けっこう人気なのよ?」

「ふーん。歌声は、まあまあね」


 そう言いながら、ミレイは王子様に見惚みとれていた。ギターをいて歌う姿はどこか幻想的で、いつか自分もあんなふうに歌ってみたいと思った。

 

「さぁミレイ、そろそろ帰りましょう? なんだか天候が怪しくなってきたわ」

「私、もう少し見ていたいな……。セナ姉は先に帰ってて?」

「いいけど、大丈夫? 人に見つかっちゃダメよ?」

「大丈夫だよ。それじゃ、また後でね!」





 ルリカ王国は、ルベニア大陸とネネ諸島の間に位置する国で、観光立国としての側面を持つ。国内にはビーチや山脈、ジャングルなど、多彩な風景を有していて、首都ルルリカには古代遺跡も点在する。

 ルリカ王国の王子は名をレオルといい、聡明で気さくな性格の持ち主だった。

 その日はレオルが二十歳はたちとなることを祝い、船の上で祝宴を催していたのだが。


「次の曲で最後にしようか。そろそろ、港に引き返したい」


 レオルのその言葉に、『もうですか?』、『早くないですか?』というような声が多く上がった。それでも、彼は申し訳なさそうにしながら、最後の曲の演奏を始めた。

 レオルは天候を気にしていた。風は湿気をびて重くなり、天気は一転しそうだった。それに気づいていたのは彼だけだったが、そもそも、雲が増えてはいても、空にはまだ星が見えていた。


 しかし、その夜の天気は異常だった。レオルが最後の演奏を終えるより前に、突風が吹き、船は沖へと流されてしまった。さらに高波が襲い、瞬く間に船は沈んでしまった。

 その悲惨な光景に、ミレイは唖然とした。急いで船が沈んだ場所へと近づき、船に乗っていた人達を探した。しかし、月が隠れた海は暗く、雨足の強まる天候は、次第しだいに大荒となった。


(せめて、王子様だけでも……)


 大波の中を必死に捜索すると、王子らしき男性をようやく見つけた。激しい潮流に耐えながら、その人影に近づき、懸命に手を伸ばす。


(掴まえた!)


 ミレイは王子を引き寄せると、海面に躍り出た。吹き荒れる風が、波しぶきと一緒に、顔に襲いかかる。王子がひと呼吸したのを確認すると、ミレイは一気に海面かいめんを泳いだ。目指すのはルリカ王国の港。


(急がないと! 王子様の体力が尽きてしまう前に──)





 港には、船の沈没を聞きつけた人達が、大勢集まっていた。その中には港の漁師や、王国の治安部隊の姿もあったが、一際ひときわ目を引いたのは、とある海兵団の姿だった。そして、その海兵団を率いていたのが、隣国ラルシカ王国の第一王女、クルシアだった。

 クルシアは十八歳にして、すでに外交を任されている才女だった。立ち振る舞いが堂々としているせいか、男の子と間違われがちだが、その端正な顔立ちは、他の女性を圧倒している。


「ちょっとホントなの!? レオル王子の乗ってた船が、転覆したっていうのは!」

「確かな情報のようです! 沖合へ二百メートル以上離れた場所で転覆した後、レオル王子とその側近ら、計10名の消息がわからない模様です! どうなされますか、クルシア王女!」

「そうね、何か良い考えはある?」

「我々も、助けに行きたいのは山々ですが……。この悪天候の中では、まず見つからないかと!」

「そうだけど、何もしないというのも王国の名に傷がつくのよ。かと言って闇雲に探しても、死人が増えるだけね……」


 ルリカ王国とラルシカ王国は、海を挟んだ隣国となっていた。そのため、クルシア王女の外交には、常に数隻の船を有している。


「いいわ! 海兵団うちから船を出しましょう! ただし、出すのはニ隻までとし、お互いにサポートできる距離を保つこと! それから、沖合二百メートル地点まで行って、見つからなかったら引き返す! いいわね!?」

「承知いたしました! では船員をそろえ次第、出発して参ります!」


 では失礼します! と言って部屋を出ようとした団員に、クルシアは言った。


「待ちなさい? 私も行くに決まってるでしょ?」





 そうして、クルシア達の捜索が始まった。ニ隻の船が大波の上を進もうとするが、吹き荒れる風で、お互いの距離を保つことすらままならなかった。漆黒の海を見つめるほどに、絶望が色濃くなり、次は自分達がこの海に呑まれる番だと、誰もが思い始めた時だった。


「おい! あそこ!」


 船員の一人が二時の方角を指差すと、確かに人影が見えた。すかさず、他の船員がロープを海へ投げ入れると、人影はしっかりとロープをつかんだようだった。


「よし! 引き上げろ!」


 クルシアは今にも消えそうな明かりを手に持ち、静かにロープの先を照らした。そして、少しずつ人影が近くなってきたとき、彼女は人影が二つあることを見逃さなかった。


「おい! 大丈夫か!?」


 しかし、引き上げられたのは、若い男性一人だった。明らかに気を失っているその男は、身体にロープを巻きつけられていた。

 静かに見守っていたクルシアだが、その男の顔を見るなり叫んだ。


「ちょっと! レオル王子だわ! 王子、しっかりしてください!」


 幸いなことに、レオルは気を失っていただけで、命に別状はなかった。

 捜索はクルシア達に続く形で、王国軍や漁師団の船も出航し、最終的に十隻にまで捜索網が広がっていた。しかしながら、その夜に発見できたのは、レオル王子ただ一名であった。





「よくご無事で! クルシア王女!」

「まったく! 死ぬかと思ったわ!」

「しかし王子の件、大手柄ですぞ!」

「そうね、ホントに私の手柄だったら嬉しいのですけど」

「はい?」

「何でもないわよ!」

「ルリカ国王も、とても感謝しているご様子。明日の晩、王城に来てほしいとのことです」

「また行くの? 別にいいけど」

「まあまあ、良い話が頂けるかもしれませんぞ?」


 ルリカ国王の褒美よりも、クルシアにとっては、あの時の事のほうが余程気になっていた。


(いったい何者だったのかしらね、あの女の子は……)


 荒天だった空はいつの間にか静まり返り、まだ冷たい空の向こうから、群青の明日が広がろうとしていた。





読んで頂き、ありがとうございます。

ここまでの内容でいいので、評価を頂けると嬉しいです。

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