専業主婦の私を馬鹿にしたシングルマザーと、取っ組み合い寸前の舌戦をしました
私は、専業主婦。
日ごと夜ごと、家事と、子育てと、夫の世話に追われる、陳腐な主婦。
願いかなって? 不本意ながら? ……う~ん、自分でもよく分からない。
だって私は、専業主婦。籠の中の鳥。井の中の蛙。世間知らずのママ。
ユラユラとたゆたう、ひとりの女。
「お~い、ママ。アジの開きと、味噌汁が冷めているよ。悪いが温め直してくれないか」
閑静な住宅街に佇む我が家。いつものことながら、朝一番の長すぎるトイレから出てきた夫が、食卓に座るなり脱衣場で洗濯機に大量の洗濯物を押し込んでいる私に向かって、今朝の朝食に苦情を申し立てる。
「ねえ、あなた。見て分かるでしょう。私、今忙しいの。子供じゃないのだから、どうぞ、ご自分でレンジで温めて下さいな」
キッチンに戻って夫のお弁当におかずを詰めながら、私は苦情の反撃をする。
「僕は、電子レンジの使いかたがよく分からないのだ。僕が機械音痴だってことは、君が一番よく知っているだろう」
まったくもう、最先端の電気自動車の開発にたずさわるエンジニアが聞いて呆れるわ。私はわざと夫に聞こえるように独り言を吐き捨てた後、ご要望どおりに料理を電子レンジで温め直して差し上げる。
キャリアウーマンになりたい。それが、幼い頃からの私の夢だった。キャリアウーマンなんて職業はどこにもないけれど、会社という組織の中で、結婚や家庭に縛られることなく、男性と同じようにキャリアを積み重ね、世界中を飛び回り働く女性に私は憧れていた。
昔から、勉強も運動も卒なく熟した。親の財力も申し分なく、恵まれた家庭環境で育った。容姿だって、黒ぶち眼鏡をコンタクトにすれば、厳しめに自己採点をしても、そこそこの美人だと思っている。
順調に一流大学を卒業して、順調に一流企業に就職をした。私の人生のすべては、キャリアウーマンになるべく、順風満帆に進んでいた。
ところが、である。就職をした会社で今の夫に出逢ってしまった。そして、不覚にも私は彼を愛してしまった。更には、軽率にも彼と結婚をしてしまい、不用心にも彼の子供を身ごもってしまった。
夫は、包み隠さずに言えば、エリートだ。まだ二十代後半なのに、毎月目玉が飛び出るほどのお給料を貰ってくる。決して妻の欲目ではなく、すこぶる仕事の出来る人なのだ。
ただし、その反面、家庭のことは、何一つ出来ない。家事や育児に関する能力が、なんだかもう逆に拍手喝采で称えたくなるほど見事に欠落をしている。
結婚。出産。夫は高給取りで、家庭のことがまるで駄目。
私は、専業主婦にならざるを得なかった。
おのずと、キャリアウーマンの夢は、断たれた。
人生のハズレクジを引いたのかなあ。
「コーちゃん、幼稚園は楽しいかい?」
温め直した味噌汁をすする夫が、目の前でアジの開きの骨を慣れない箸使いで取り除いている、幼稚園年中の康太に話しかける。
「うん、だいたいは。でも、昨日は僕だけボール遊びに入れてもらえなくて、悲しかったな」
「え、お友達が、コーちゃんだけを仲間外れにしたのかい?」
「うん、でもその時、砂場で一人で遊んでいたタックンがやって来て、『おい、コーちゃんを仲間外れにするな! 一緒に遊んでやれ! 遊んでやらないとただじゃおかないぞ!』って、棒を振り回して怒鳴って、僕を助けてくれた」
「へえ、タックンは勇敢だね」
「うん、おかげで、僕はボール遊びに入れてもらえたよ」
「タックンもみんなとボールで遊んだの?」
「違うよ。タックンは、また砂場に戻って、一人で遊んでいた。タックンは、人がたくさんいるところが苦手。タックンは一人ぼっちが好き」
「タックンは砂場で何をしていたの?」
「虫眼鏡で、ダンゴムシを、炙り殺していた」
「……おいおいおい」
「……おーい、ママ。聞いたか? 康太が何やら幼稚園で大変だったご様子ですけど」
息子との会話に詰まった夫が、私に助け舟を求める。
「初耳だわ。ねえ、コーちゃん、その話、本当なの?」
「うん、ママ、本当だよ」
「う~ん、タックンってどんな子だったかしら。どちらのお宅の子だったかしら。とりあえず今日の保護者会で、タックンのママに出逢ったら、さりげなくお礼を言わなきゃね」
夫の弁当を弁当袋に入れ、水筒に温かいお茶を注いで、私は答えた。
「兎にも角にも、この件は任せた。よろしく頼む。良きに計らえ。つまりは、そう言う事だから」
「そう言う事だからって、どういう事だからよ。まったく他人行儀な親ね。康太は、誰の子よ? あなたの子でしょうが」
「そ、そ、そ、そう言えば、今日は午後から今期最後の保護者会があったね」
私に説教をされまいと、夫が慌てて話題を逸らす。
「そうなのよ。いや~、長かったわ。これでやっと重責から解放される」
「よっ! 保護者会の会長殿! 一年間お務めご苦労様!」
何なの、このあからさまなご機嫌取り。余計に腹が立つわ。
私は、昨年の幼稚園の保護者会の引継ぎで、この一年間、会長を務めることになった。もちろん、私から立候補したわけではない。また、普段からママ友付き合いの一切を断っている私を推薦する者もいない。
私が保護者会の会長になった理由は、クジ引きである。私は、保護者全員参加による公平なクジ引きで、見事に会長のクジを引き当ててしまったのだ。
思えば、昔から不思議とクジ運だけは悪かった。神社のおみくじは、いつも凶。スーパーの福引きは、ガラガラを回せども回せども、景品はいつもボックスティッシュ。ガチャポンをすれば、カプセルの中身はいつも残念なキャラクター。
まあ、おみくじや福引きやガチャポンはさて置き、私の人生を何よりも苦しめたのは、誰もがやりたがらない役員決めのクジ引きだ。学級委員。部活の部長。生徒会長。町内会長。保護者会の会長。みんなが避ける重責を、私は、ことごとくクジで引き当てた。
そして、元来生真面目な性格の私は、引き当てた以上は、任期の間その役を責任を持って務めて来た。
我ながら、本当にハズレクジの多い人生だわ。
「今日は、来期の役員の選出があるのよ。今期何かしらの役を務めた人は、来期は免除なの。あ~嬉しい。もう二度とやるものですか。ほら見て、これ作るの大変だったのだから」
私はリビングの棚に準備した手製のクジ引きの箱とその中身の手製のクジを、これ見よがしに夫に見せた。
「役員選出のクジの作成と、本日の役員選出の司会が、会長である私の最後の仕事よ。……って、わわわ、無駄話をしている間に、もうこんな時間じゃない!」
私は、リビングの壁掛け時計を見て、血の気が引いた。
「さあ、コーちゃん、バス停まで全速力で走るわよ、急がないと幼稚園バスが行っちゃうわ! ほら、あなたも、いつまで呑気に味噌汁をすすっているのよ! さっさと会社に行きなさいよ、この仕事馬鹿!」
ああ、私は、専業主婦。
ユラユラとたゆたう、ひとりの女。
――――
康太の通う幼稚園では、保護者会の前に、担任の保育士を保護者一同で囲んでの懇談会が行われる。
「――これにて懇談会は終了です。皆様、今日はお忙しい中ご参加いただきありがとうございました」
懇談会は、担任の挨拶をもって滞りなく終了をした。さあ、ここからだ。担任が会場から退出するのを確認するのと同時に、私は声を上げる。
「それでは、このまま保護者会へと移ります。事前に告知をした通り、本日は、次期役員の選出を行います。みなさん、そのまま席に残って下さい」
この幼稚園では、原則として、保護者会に保育士は参加しない。あくまでも保護者会は、保護者による、保護者のための会であるというのが前提だ。
この会で、保護者のみで話し合ったことを、園に意見・要望として挙げることもあるし、園から保護者へ向けて上げられた意見・要望をこの会で揉むこともある。
また、単純に、ざっくばらんな保護者たちの親睦の場という趣も、あるにはある。
「みなさん、帰らないで下さい。予定通り、次期の役員の選出を行います。お願いです。帰らないで下さい」
もちろん、通年通り静かに席に着座して、次の会の開催を待つ保護者が大半である。でも、昨年もそうだったが、一部の心無い保護者が、懇談会が終わると同時に席を立ち、しれっと帰り支度を始めているのだ。なかには、もう玄関で靴を履いている者もいる。
「帰らないで下さい。次期役員の選出は全員参加です。欠席の報告は、誰からも受けていません」
私は玄関まで走って、帰りかけの保護者数人を引き止めた。
「不参加者のクジは、会長である私が代理で引くことになります。代理とは言え、クジは絶対です。覆すことは出来ません。みなさん、どうかご自分のクジは、ご自分で引いて下さい」
「ちっ」「まったく面倒くさいわね」「そっちで適当に決めてよ」保護者たちは、口々に愚痴を溢しつつ、しぶしぶ席に戻って行った。
と、思ったら、一人の保護者が、頑なに帰ろうとしている。ブーツの紐を結び、つま先をトントンと鳴らして、屋外へ向かって歩き出す。
「帰らないで下さい!」
私は大声で、その保護者を呼び止める。「あん?」彼女が気怠そうに振り返る。枝毛だらけの金髪。タイトなスカート。網タイツ。厚化粧。薄暗い玄関で、何故か眩しそうな表情をつくって私を睨んでいる。よく見るとやや斜視。片目が別の方向を向いている。
「……私、忙しいんですけど。いつもなら懇談会だってシカトしてんだけどさ、担任の保育士がうるさく言いやがるから、仕方なく出てやったの」
なるほど、見慣れない顔だと思ったら、恐らくこういった会は今回が初参加なのだ。
「じゃあね、ガリ勉ちゃん。ほら、さっさと学級会で正義を振りかざしていらっしゃい」
彼女は、定まらぬ視線で、私の黒ぶち眼鏡を見て冷笑し、片手で「しっしっ」と家畜などを追い払う仕草をした。
「帰らないで下さい! 席に戻って下さい!」
「あんた、耳、大丈夫? お~い、聞こえますか~。私、忙しいの~」
「あなたから、欠席の事前報告は受けていません」
ああ、最悪。会長として最後の保護者会にとんだトラブルだわ。
「急な仕事が入ったの。よし、今ここで報告しちゃう。は~い、私、保護者会を欠席しま~す」
「許可出来ません! ルール違反です!」
「あんた、舐めてんの? あんまり調子に乗っていると、本当にアレだよ」
今にも私の胸ぐらに掴みかかってきそうな相手を前に、萎える心を懸命に奮い立たせ、私はとにかく強気の言葉を続けた。
そして、この時、彼女は、決定的な言葉を私に投げかけた。
「……てゆーか、私、シングルですけど?」
思わず立ち眩みがした。足元がふらつく。体じゅうの熱という熱が、一斉に頭部に集中している。気が付くと、私は、喉を枯らして金切声を上げていた。
「シングルマザーだから、何なのですか! 母子家庭だから役員は免除しろと? 母子家庭だからそれなりの配慮をしろと? 同情をしろと? 駄目です。許可出来ません。シングルマザーは、あなただけではないのです。あなたと同じ境遇の多くのシングルマザーが、先程から静かに着座をして、保護者会の開催を待っています。さあ、席に戻って」
「何なのよ、あんた。さっきから上から目線で物を言いやがって」
「私は、あなたを見下してなんかいません。あなたと私は、同じ幼稚園の、同じ歳の子を持つ、同じ母親です。それ以上でも以下でもありません。だからこうしてお願いをしているのです。さあ、みんなと一緒に会に参加をしてください」
「うざったいんだよ! 保護者会なんて、時間の無駄だっつーの! みんな口に出さないだけで、内心はそう思っているに決まっているわ!」
「そのご意見を、ぜひ保護者会で発表して下さい。誰かが言い出さない限り何も変わりません。一緒に保護者会の簡易化を進めましょう」
「そこまで言うなら、あんたがやれ! どうせ、あんただって、任期だけ務めたら、逃げるようにお役御免をするつもりだろう。そう顔に書いてある」
うっ……。痛いところをつかれた私は、彼女の指摘に返す言葉が見つからなかった。形勢逆転と判断した彼女は、追いうちを掛けるように私を問い詰める。
「あんた、仕事は? パートとか?」
「……私は、専業主婦です」
「働きもしないで、旦那の稼ぎで、のんべんだらりと。へ~、結構なご身分ね。あんたみたいな専業主婦には、女手ひとつで子育てをしている私の苦しみなんて、どう逆立ちをしても分からないわよ!」
雌ライオンのように、彼女が私を威嚇する。
自分の鼻っ柱が熱い。たぶん私は今、目に涙を浮かべている。柄の悪いシングルマザーにいびられて、メソメソと泣かされている。ちくしょう。こうなったらヤケだ。こっちも言いたいことを言ってやる。
「専業主婦を馬鹿にするな! 専業主婦の何がいけないの! そりゃあ、女手ひとつで子育てをするのは大変でしょう! でも、それと同じぐらい、夫婦を続けることは大変なの! 平凡な家庭を維持することはもっと大変なの! あなたのように夫の束縛のない女に、あなたのように社会で自分を活かせる女に、あなたのように夫婦であることを途中で放棄してしまった女に、私のような専業主婦の苦しみなんて、どう逆立ちをしても、分かりっこないわよ!」
「……この腐れ眼鏡女ああああ」
彼女も泣いている。悔し涙を流して、怒りに打ち震えている。
「さあ、席に戻って保護者会に参加をして下さい。不参加者のクジは、会長である私が代理で引くことになります。どうかご自分のクジは、ご自分で引いて下さい」
「あんたもしつこいな! 悪いけど、私は帰る! 何故なら今から大切な仕事があるからだ! 私のクジはあんたが引け! あんたに任せた!」
「……それは、出来ません」
「頼むわ! 勘弁して! 任せた以上は、私は、あんたが引いたクジの結果に従うから!」
「……でも、それは出来ないのです」
「はあ? 何をさっきからモゾモゾ言っているの、言いたいことがあるならハッキリ言ってよ!」
お言葉に甘えて、私は腹の底から声を出して、彼女に告げた。
「私、クジ運、ちょー悪いんですううううううう!」
……呆れた。付き合ってられない。バイバイ~。私の必死の引き止めも虚しく、そう言い残してシングルマザーは帰って行った。
―――――
「遅れて申し訳ありません。それでは今期最後の保護者会を始めます」
ハンカチで涙を拭いて、会場に戻り、会の開始を宣言する。
おや? どこからか、長時間私を待っていた保護者たちのヒソヒソ話が聞こえる。
「おほほ。凄まじい舌戦ですこと」
「ふふふ。似た者同士、一歩も譲らぬ大舌戦」
似た者同士? 私と彼女が? ……そうか、似た者同士か。言われてみればそうかもしれないな。現に、今この会場に漂う私への疎外感ったらもう……。
保護者会の会長を一年間務めたけれど、結局私はこの保護者たちの集団に馴染むことは出来なかった。煩わしいからと、ママ友付き合いの一切を断り続けて来たのは私なのだから、まあ、自業自得だけれど。
見た目も性格もまるで異なる二人だけれど、確かに、生き方が下手糞という点では、似た者同士だわ。きっと彼女も、私と同じ疎外感を抱いて、毎日この幼稚園に通っているのかもしれないな。
公平なクジ引きによる次期役員の選出は順調に進み、残すは会長の選出のみとなった。
まだクジを引いていない者は十数名。その中に先程のシングルマザーも残っている。
事実上、この中から時期会長が選ばれる。
「それでは、五十音順ということで、先程お帰りになった保護者様のクジを、私が代理で引かせていただきます」
手製の箱に手を入れて、クジを掻き回す。
どっか行け、会長のクジ。お願い、白紙のクジよ、どうか私の右手に吸い付いてちょうだい。
私が、手探りでどのクジを引くかを迷っていると、また、どこからか保護者たちのヒソヒソ話が聞こえて来る。
「タックンのママが会長をやればいいのよ」
「そうよ、勝手に帰った罰として、タックンのママが会長をやるべきだわ」
「この代理のクジで見事引き当てたら、本当にいい気味ね。ワクワク、ワクワク」
……そうか。先程のシングルマザーが、息子を助けてくれたタックンの、ママだったのか。
私は、箱の中から、タックンのママのクジを代理で引き、三角に折られた紙を破いて、中を見た。
―――――
「お~い、ママ。食卓に料理が何も出ていませんけど……」
閑静な住宅街に佇む我が家。いつものことながら、朝一番の長すぎるトイレから出てきた夫が、閑散とした食卓を見て驚いている。
「毎日毎日、冷えた料理を温め直すのに嫌気がさしました。これからは、あなたがおトイレから出たのを確認してから、料理をお出ししますわ。せっかくなら出来立ての美味しい料理を食べていただきたいしね」
そう言って私は、熱したフライパンに生卵を落とした。
「それにしても、君も物好きな人だねえ。やっとお役御免となった保護者会の会長を、みずから立候補をして、もう一年務めるだなんて。いったいどういう風の吹き回しだい?」
寝ぐせだらけの夫が、食卓で新聞を読みながら、私に尋ねる。
「う~ん、なんだろう。やり残したことがあった。誰かが言い出さない限り何も変わらないと思った。その誰かを人選したら、自分こそが適任だと思った。え~と、あとは――」
「あとは?」
「彼女の手助けになれば。純粋にそう思った」
「彼女の手助け?」
「いや、これは違うな。嫌だ、ちょっと、私ったら何様のつもりよ。きゃー、自己嫌悪。忘れて忘れて」
「何だかなあ。釈然としないなあ」
夫が腕を組んで深く首を傾げる。その物言いと仕草がよほど面白かったのか、目の前で朝食を食べていた康太が、突然腕を組んで首を傾げ、夫の物マネをした。
「なんだかなあ。しゃくぜんとしないなあ」
家族みんなで、笑った。
「あらあら、コーちゃんったら、パパにそっくりね」
「おやおや、コーちゃん、今日は朝からご機嫌だね」
「うん、今日はタックンと砂場で一緒に遊ぶ約束をしているんだ」
「……す、砂場」
「パパ、安心して。砂でお山を作って遊ぶだけだよ。虫眼鏡でダンゴムシを炙り殺したりはしない」
「ほっ」
また、家族が笑った。
人は運命にはあがらえない。家族はガチャ。人生は宝クジ。当たりクジは、限られた人間しか引けない。その他多くの人間が引くのは、いつだってハズレクジ。したり顔で、悟ったようなことを言う者がいる。 昨日までの私も、その一人だ。でも、今日からの私は、こう叫ぶわ。
人生を、運なんかに委ねてたまるか!
だって、私は運命のいたずらで、今日ここで家族の朝食を作っているわけではないもの。私はみずからの意志で夫を愛したし、みずからの意志で子供を産んだし、みずからの意志で保護者会の会長に立候補をしたし、そして、みずからの意志で、たった今フライパンで目玉焼きを焼いている。
全ての事柄は、あるべくしてそこに立っている。
私は、専業主婦。
ユラユラとたゆたう、ひとりの女。
揺れながらも、かろうじて、ここに立っている。
私は、ここにいる。
私は今、結構幸せだ。