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第八話 「姉妹」


「付き合ってもらってありがとう」

「いえ、僕でよければいつでもお供します」


 仕事からの帰り道、クロエとルーカスは市場で買いものをしていた。

 ルーカスも買い物がしたいからとクロエについてきたわけだが、結局のところ殆ど買い物をしていたのはクロエの方で、最終的にルーカスは荷物持ちをしていた。


 それも、クロエが頼んだわけではなくルーカスの圧に押されての結果だった。


「家のすぐそばまで荷物を持って貰って申し訳ないわ」

「おかげで筋力を鍛えられました!」


 ルーカスの返答はクロエの負担にならないようになっていて、図らずもクロエの心を軽くする。

 クロエはルーカスから荷物を受け取り、別れの挨拶をしようとしたところで、大きな馬車が屋敷の門の前で止まった。


 クロエとルーカスは門のすぐ隣にいたので、大きな馬車に目がいくのは自然なことだった。


 大概、馬車に乗っているのは母親かロージーだ。

 父親である伯爵は仕事で長く外に出たきりか、もしくは家にいるばかりの極端な二択で、必然的に今遭遇するのは母親かロージーのどちらか、もしくは両方ともだということが理解できた。


 それが誰であれ、クロエにとってうれしい状況ではない。

 だが、乗っている人物が母親ではないことを祈っていた。


 お世辞にも良いとは言えない言葉をかけられるに決まっているから。


 クロエは馬車から目をそらして下を向く。

 このまま自分の存在など無視して通り過ぎてほしい。そんな願いは虚しく、背後でガチャリと扉が開く音がする。


「知らない間に帰ってきていたのね」


 声の主はロージーだった。

 母親ではないことにクロエはどこかホッと胸を撫でおろす。


「久しぶりだね、ロージー。ついこの間帰ってきてね、いまは魔導所で仕事をしているんだ」

「そう」


 にこりと笑顔を浮かべて話すルーカスに対して、ロージーの返答は短く無愛想なものだった。


 それからロージーはクロエの横にきて、じっとクロエのことを見つめた。

 クロエは横から突き刺さる視線に居心地の悪さを覚えながらも顔をあげることも動きだすことも出来なかった。


 ロージーは怒っている。

 自分が原因でルーカスとの婚約話が不意になったから。


 恨まれても仕方ない。

 そうは割り切っているが、クロエはそこから動くこともロージーに顔を向けることも出来なかった。ルーカスもいるとなると、尚更申し訳なさで押しつぶされそうになる。


「ねえ、この前わたしがなんて言ったか覚えてる?」

「え……っと」


 ロージーの厳しい口調が飛んでくる。

 クロエはもごもごと口を動かすが、それが尚のこと癪に障ったようで、視界の端でロージーが顔を歪ませたのがわかった。


「わたしはみっともないって言ったのよ。それだというのに、どうしてまだそのボロキレをまとっているの?」

「あの……この前ブティックで買おうとしたのだけれど、うまくいかなくて……」


 ロージーはクロエの答えを聞くと「なにそれ」と小さく呟いてから踵を返して馬車の方へ戻っていく。


「まて、ロージー!」


 目の前で怒りを含んだ声が聞こえる。

 顔をあげると、珍しくルーカスがむっとした表情をしていた。


「その言い方、クロエさんに失礼だと思わないのか?」


 ルーカスが自身のために怒っている。

 なんだか嬉しく感じる反面、ロージーには自分のことを怒る資格があるのだからルーカスが怒る必要なんてないのだとも内心で感じる。


 クロエはルーカスに自分は大丈夫だと伝えようと口を開いたところで、後ろで大きなため息が吐かれたのを耳にした。


「別に、わたしは思ったことを口にしただけよ」


 ロージーはそう吐き捨てると足早に馬車に乗り込み、バタン!と大きく音を立てて扉を閉めた。

 クロエが口を挟む暇も、ルーカスに追従させる暇もなく忙しなくロージーは去っていった。


 そこには怒りの感情を抱えるルーカスと動揺で目を泳がせるクロエだけが残った。


「クロエさん、ロージーの言うことなんて気にしなくていいよ」

「ち、違うの、私はロージーに怒られて当然なの。だから、ロージーのことを怒らないで」


 クロエが弁明すると、ルーカスは困惑の表情を浮かべる。

 それならば自身の抱えた怒りをどこへやればいいのかわからない、という様子だ。


「でも、私のために怒ってくれてありがとう」

「……クロエさんが気にしないのであれば……いいですけど……」


 気にしない、というと嘘になるが、特段クロエはその言葉を訂正することはしなかった。


 今度こそクロエはルーカスに別れの挨拶をして門を超える。

 以前はフレデリックとマリメルに遭遇してしまったために服を買えなかったが、明日にでも服を新調しなければ、とクロエは心に決めた。


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