第七話 『家族』
「フレデリック・ゴーズフォードに婚約破棄を言い渡された、ですって?」
クロエの母親はキッと鋭い目つきでクロエを睨んだ。
「クロエ、あなた一体どんな失態をおかしたの?」
「いえ、あの……マリメル・ケイル伯爵令嬢と、恋に落ちた、と……」
それを告げると、伯爵夫人はカッと目を見開いた。
「ケイル伯爵令嬢!!! どうしてあの娘に出し抜かれるの!!!」
クロエはマリメルの名前は出したくなかった。
クロエの母親とケイル伯爵夫人は仲が悪く、お互いを敵視していた。
母親に嫌な顔をされることをクロエは理解していた。
いや、それは相手がマリメルではなかったとしてもそうであっただろう。
「とにかく、どうにかしないと。ああ、せっかくゴーズフォード家との縁を結んでやったというのに! 恩を仇で返す気かしら!?」
クロエの母親は、憤慨しながら部屋を出ていく。
おそらくはクロエの父親であるエシャロット伯爵と話をしに行ったのだろう。
予想はしていたが、慰めるような言葉は返ってこなかった。
クロエだって好きで婚約破棄されたわけではない。
今にも零れてしまいそうな涙を精一杯にこらえて、悲しみもつらさも耐えている。
だが、彼女の母親はクロエの味方ではなかったという事実がより一層影を落とした。
どこまでも貴族の体裁が最も大事であると感じる。
そんなこと、日ごろの様子からとっくにわかってはいたけれど。
「どうしたら、いいのかしら」
わからない。
どさりとソファに座り込んで、顔を伏せる。
例えば、このまま本当に婚約破棄されてしまったとして、そのあとはどうなるのだろう。
貰い手はいるのだろうか、そもそも理由は知れ渡るのだろうか。
私が、悪いことになるのだろうか。
考えれば考えるほど、クロエは沈んでいく。
いい方向になど考えられるはずがなかった。どんどん悪い方向へと感情が傾いて、落ちていく。
ぎい、と扉が開く音がした。
母親が戻ってきたのかと目をやると、ロージーが扉の隙間から覗いていた。
「お姉さま?」
「ああ、ロージー、どうしたの?」
ロージーは心配そうな顔をしてクロエのところへ歩み寄り、隣に腰をかけてじっと姉の目を見つめた。
「お母さまが怒りながら歩いていたから、お姉さまが叱られたのではないかと心配になって」
十三歳になったロージーは随分とお淑やかになって、今では自身の姉の心配さえもできるようになった。クロエは、それが少しだけ寂しくも感じる。
「少し口論してしまっただけ」
クロエは妹を安心させるために嘘の笑みを張り付ける。
それは、より一層ロージーの顔を曇らせた。
「……うそ、そんな笑顔つくってもわたしにはわかるんだから」
それでもクロエは真実を口にはしなかった。
まだ、実際に婚約破棄は確定していないし、クロエにも小さなプライドはあって、妹の前でしくしくと泣くことはしたくなかった。
その様子を見たロージーはため息をついて「……わかった」と渋々納得した。
「でも、覚えておいてお姉さま。わたしは、いつでもお姉さまの味方だから」
少し前まではまだまだ幼いと思っていた妹がどこか頼もしく見える。
クロエにとってロージーの言葉はとても元気づけられるものだった。
クロエはいつだってロージーの味方でありたいと思っていて、彼女もそう思ってくれていた。
それだけで母親に厳しい言葉を吐かれても、ここには居場所があると思える。
「ありがとう、ロージー。とっても嬉しいわ」
そのとき初めて、クロエはロージへ心からの笑顔を向けることが出来た。




