第七十四話 従者からルーカスへの報告
仕事が忙しいこともあり、気まずい別れをしたままルーカスはクロエと会うことが出来なかった。
いま顔を合わせても何を話すべきか、どう会話を切り出すべきか、また同様の話があった場合に冷静に対処できるか、多くのことに不安を感じているため、むしろ今の状況は好都合とも言える。
「ルーカス様、今お時間よろしいでしょうか」
「はい、どうしました?」
夜分遅く、仕事を終えてファルネーゼ邸に帰宅して自室で少し休んでいるところ、ノック音と共に使用人の声がルーカスの耳に届いた。
返事をした後、すぐに扉が開いてファルネーゼ家でルーカス付きの使用人が部屋に入る。
ルーカスは、ファルネーゼ家の使用人に対しては敬語を使用していた。本来、主は使用人に対して敬語で話す必要はないが、ルーカスにとってファルネーゼ家は『家』だと思えなかった。ある種、ルーカスにとって壁を隔てていることの表れである。
「頼まれていた件について、進捗がありましたのでご報告いたします」
「随分と早くに続報が届きましたね。もっと時間がかかるかと思っていました」
相手はゴーズフォード公爵家だ、簡単には情報が手に入らないだろうと思っていた。
だが、さすがは大公家の使用人ということだろうか、彼が思っていたよりもスムーズに事は進んでいた。
「アデレイン子爵家の使用人にもかなり助けていただいています」
「なるほど……良い協力関係が築けているのであれば何よりです」
ルーカスは、自身がアデレイン家で過ごしていたときに世話をしてくれていた使用人たちの顔を思い浮かべて小さく笑う。自分にとって家族同然の存在であり、きっと『坊ちゃんの頼みなら!』と一生懸命に動いて入れているだろう様子が想像に易い。
「それで、進捗はどうでしょうか?」
「はい、先日お伝えしたマリメル・ゴーズフォードの不審な動きについて、ゴーズフォード家の御者から話を聞いたという侯爵家の従者に話を聞くことが出来ました。直接的ではありませんが、かなり真実味はあります」
「でも、人伝手に聞いた話でしかありませんよね? 信用に値する情報源なのですか?」
「はい、ゴーズフォード家の御者は定期的に侯爵家の従者と酒場を訪れており、酒場の人間からも二人の関係性や身元について証言が取れています。従者がわざわざ嘘を吐くメリットはないかと」
なるほど、とルーカスは納得する。
酒の場では面白おかしく話が繰り広げられることも多い。話の流れとして咄嗟の嘘でもなく侯爵家の従者から自然に聞き出すことが出来ていたのであろう。ただ、まだ噂話の域は超えていないわけだが。
「御者によると、真っすぐ家に帰らずに魔道所の前に寄り道をした日があったそうです。その際、建物の陰でネイア・ハルバーナと見られる令嬢と会話をしていた、と。また、その前にもお茶会の日に彼女を迎えに行った際、二人で会話をしていたのを見かけたので、親交があるのではないかと話をしていました。多少、御者の予測も入っていますが、これが真実であれば目撃証言を集めることは可能かと思います」
「確かに、大きな進展ですね。ネイア・ハルバーナと接触していた、という確実な証言や証拠を得ることが大切ですから。この件以外でも何か使えそうな情報があれば探ってください。引き続き、よろしく頼みます」
使用人はルーカスに一礼をして部屋を出た。
ルーカスは、マリメル・ゴーズフォードを許すつもりはない。
ネイア・ハルバーナの件について、たとえマリメルが関わっていなかったとしても、彼女がクロエを過去に傷つけて、そして今もそれを続けようとしていることに変わりはない。
どれだけ証拠をかき集めたとしても、マリメル・ゴーズフォードを何らかの罪に問うことは出来ないだろう。だが、少なくともそのような姑息な手を使う人間だという事実を白日の下に晒すことは出来る。
過去にルーカスはクロエを守れなかった。そばにいることすらも叶わなかった。
だが、今は違う。今回こそは彼女を傷つけさせるわけにはいかない、と心に決めているのだ。
100話までには完結する予定でいます!
みなさま、良いお年を




