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第六十六話 「襲来」


 その日は、特段仕事も忙しくなく穏やかな一日だった。

 時間通りに仕事を終えて、久しぶりに街を歩いてから帰ろうかとわくわくしながら、クロエは帰り支度を進める。


「いいなぁ、私も早く帰りたい!」

「昼間にのんびりしすぎた所為ですよ」


 リーゼルもクロエと同様に忙しくない一日だったはずが、余裕で終わるだろうと思っていた仕事が予想外に手間取ってしまったのだ。

 昼間にもう少しテキパキと動いていたら、クロエと同タイミングで仕事を終えられていたであろうことは想像に難くない。


 魔道所内は、クロエのように早々に仕事を片付けて帰り支度を始めている者と、リーゼルと同様に未だ仕事に取り組む者で二極化した。


「それでは、私はお先に失礼しますね」


 一番乗りで席を立ったクロエに、魔道所内の人たちは「お疲れ様」と声をかけたり手を振ったりと各々で返事をした。

 部屋から出ようと歩き始めたところで、ちょうど副所長室から出てきたルーカスと視線が合った。

 ルーカスは足早にクロエの元に駆け寄ってくる。さながら大型犬のようだ。


「クロエさん、もう帰られるんですね」

「ええ、私は計画的に仕事を終えたからね」


 その言葉を聞き取ったリーゼルがキッと睨みつけてきたことに気が付いたが、彼女はその視線を意図的に無視する。


「いいですか、ちゃんと裏口から出てくださいね!」

「わかってるわよ、そんな何回も言わなくたって理解しているわ」


 もう何日も前から、ルーカスに表から出ないようにと注意喚起をされており、帰るときは裏口から出るようにしていた。

 ネイア・ハルバーナを危惧してのことで、確かに何度か魔道所の前で待ち伏せをしている光景を目にしており、ルーカスの考えすぎではないのだとクロエは理解している。

 だから、彼の言うことを大人しく聞いているわけだが、こんなにも頻繁に言われると鬱陶しくもなってくるものだ。


「ルークはまだ帰れなさそうなの?」

「いえ、もうすぐ終わりそうですが、お待たせしてしまうので気にしないでください」

「……わかったわ、じゃあ先に帰るわね」


 クロエはルーカスに小さく手を振りながら部屋を出て裏口に真っすぐ進んでいく。

 ルーカスのことを過保護だと思いつつも、心配されるのは悪くない気分だった。

 ここ数日間、何もなかったので特段心配しなくても大丈夫だろう、とクロエは完全に油断していた。


「……どうして、ネイアの邪魔ばっかりするの?」


 裏口で待ち構えていたのは、ネイア・ハルバーナだった。

 クロエをジロリと睨みつけて、何をしでかすか分からない雰囲気を醸し出している。


「じゃ、邪魔って……何のこと……?」


 正直、クロエには少しも思い当たる節が無かった。

 だが少なくともルーカスに関係する何かしらであるのだろうということは予測できた。


 少しでも距離を取りたくて、しかし背は向けないようにジリジリと後ずさるが、ネイアもにじり寄ってくるので離れた距離分がすぐに詰められる。


「とぼけないでよッ! ルーカス様とネイアは運命の赤い糸で結ばれてるのッ! それなのに、あんたが邪魔するからッ!」

「な、何を言っているの……?」


 クロエは目の前の女の言い分が少しも理解できなかった。

 頭がおかしくなっているとしか思えない。ふたりが親密な関係でないことは明らかで、彼女がここまで思い込んでいるのは病的だった。


「ネイアはみんなから愛されてるの! ネイアこそが物語の主役、ヒロインなの! そんなネイアに相応しいのはルーカス様しかいないもん! 大公家の跡取りで、魔法の才能もあって、何よりとっても顔がハンサムだもん!」


 あまりにも根拠が乏しすぎて、何も頭に入ってこない。物語の読みすぎではないだろうか?

 ルーカス・ファルネーゼと自分自身が恋人関係にあり、愛し合っているのだと主張するに足る理由は少しも無く、完全にネイアの妄想でしかない。


 何より、外的要因でしかルーカスを見ていないことにクロエは腹が立った。


「ルークは人形じゃないし、この世界はあなただけのものじゃなのよ」

「うるさいッ! あんたが邪魔するからルーカス様はネイアを愛してくれないんだッ!」


 ネイアの手元にきらりと光るものが見える。

 それがナイフだ、と認識したときには、もうネイアはそれを振りかぶってクロエに向かって走り出していた。


「お前がいなくなれば、ネイアのものだ!!!」


 クロエは咄嗟に身体を庇うように腕を前にだして、顔を横に背けてギュッと目を瞑った。


『こんなところで死にたくない』


 瞬間、助けを求めるように頭に浮かんだのはルーカスの顔だった。


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