第六十二話 「相談」
「わざわざ来てくれてありがとう」
「いえ、僕も挨拶出来ていないことは気になっていたので、いい機会でした」
お茶会のあと、ルーカスがクロエを迎えにきていたため二人で帰路を辿っていた。
王妃殿下がいるためきっと大丈夫だろうとは予測していたが、クロエがまた以前のように精神的にまいってしまわないかを心配していたのだ。
クロエは迎えに来なくてもいいと言ったのだが、結局彼は王城に来た。
その際にふたり揃って王妃殿下に挨拶を行うことが出来たので、それはそれでよかったとクロエも感じている。
陛下にも挨拶の機会があれば、という話になった時に、せっかくだからファルネーゼ大公も交えて食事の機会を設けようということが話題に上がったが、クロエとしてはかなり気が重い展開である。
とはいえ、大公も陛下も多忙のためそれが実現することはかなり先だろうけれど。
「お茶会の中で、仕事のことが話題に出たの」
馬車にゆらゆらと揺られながら、お茶会での出来事をルーカスに話す。
「王妃殿下はなんて?」
「仕事をいつ辞めるのかって。出来れば続けたいという話はしたけれど、マリメルとちょっと口論になっちゃった。殿下は、良いとも悪いとも言わなかったわ」
ルーカスはにこやかな笑みを浮かべながらクロエの話を聞いている。
「……副所長から、副補佐官にならないかって打診を受けたの」
「凄いじゃないですか!」
クロエは少し躊躇いながらもルーカスに相談を持ち掛ける。
彼女の言葉を聞いて、ルーカスは自分のことのように嬉しそうにしていた。
「その話を是非受けたいと思ってるし……結婚した後も可能であれば仕事を続けたいと思う。ルーカスは……どう考えているの?」
「僕自身はクロエさんのことを応援していますし、やりたいことには挑戦して欲しいと思っています」
ルーカスの肯定的な言葉を聞いて、クロエはパッと表情を明るくさせるが「でも」と彼が言葉を続けたことで、すぐに怪訝な表情に変わる。
「大公はきっと快く思わないでしょう。あの人は大公家のことが一番ですから、家のことが疎かになるのであれば、仕事を続けることを許さないはずです」
「そう、だよね……」
ルーカスの言うことはとっくに予想が出来ていたことだ。
彼がクロエの希望をないがしろにするはずがなく、応援してくれることは何となく想像が出来ていたけれど、大公が賛成する未来はまったく描けなかった。
「大公妃としての仕事と魔道所での仕事を両立できるような環境を構築出来れば、文句は言わないはずです。それが一体どのような方法かは僕にもまだ良いアイデアはないのですが……」
「少なくとも、魔道所には仕事量や勤務時間について相談しようと思ってる。ファルネーゼ大公には、ある程度算段がついてから話を持ち掛けないと、相談すらも出来なそうだから」
ルーカスはコクコクと賛同するように頷いた。
どちらにしても、ルーカスと話したことでクロエの中で『副補佐官』の役割を引き受けようという気持ちは固まった。この先、結婚した後に仕事が出来なくなってしまうのであれば、尚更いま挑戦をしたいと考えた。
「そういえば、クロエさんは最近身の回りで何か変わったこととかないですか?」
「うーん、特に思い当たる節はないけど……何よ、変わったことって」
「いや、何も無いならいいんです、気にしないでください」
濁されて、これ以上追及できないような雰囲気を出されるが、それが尚更クロエの内心をもやもやとさせた。
以前までのクロエであれば、ここで大人しく引き下がっていただろうが、今はルーカスの前ではその大人しさを見ることの方が珍しくなっていた。
「そんな中途半端に言われたらもやもやするじゃない!」
ムッとした表情で声をあげたクロエにルーカスは目をぱちくりとさせた。
それから小さく笑って「そうですよね」と何だか嬉しそうにしている。クロエはなんで嬉しそうなのかよくわからなかったが、ルーカスにとってはキッパリと意見を言ってくれることが二人の間柄の大きな進展だと感じていた。
ルーカスが促さなければ意見出してくれなかった過去と、自分から進言してくれる今では全くもって違う。それが、彼にとっては嬉しくて仕方なかった。
「ネイア・ハルバーナを覚えていますか? 以前、ふたりで歩いていたときに不躾に声をかけてきた令嬢です」
「あぁ……なんとなく……」
クロエのなかでは、大胆なドレスのせいで豊満な胸しか印象に残っておらず、どんな顔だったっけな……と記憶を手繰り寄せる。
「彼女がどうかしたの?」
「以前から、事あるごとに粘着されていたのですが……最近はかなり頻度が多く、仕事後にも魔道所周辺で待ち伏せをされているので、クロエさんに何か危害が加わっていないかと心配で……」
待ち伏せなんて随分と暇なんだなぁ……と的外れな感想を抱くクロエに対して、ルーカスの表情はかなり真剣だった。本当にネイア・ハルバーナが彼女に危害を与えるのではないかと懸念していた。
「今のところ、彼女から声をかけられたことはないけど……」
「それならいいんです。でも……気を付けてください」
神妙な顔つきのルーカスをみて、クロエは不思議そうに思いながらも「うん」と相槌を打つ。
以前のパーティーでネイアの歪な存在感を目の当たりにして、ルーカスは何だか不安が拭えなかった。




