第六十一話 マリメルの思惑
お茶会の後もマリメルの機嫌は最悪だった。
王城を出て、すぐにゴーズフォード家の馬車がないことにも心底腹が立った。
マリメルは、義母であるゴーズフォード夫人から王妃殿下から気に入られるようにと言いつけられていた。それなのに、クロエの存在があまりにも煩わしく感じてしまって噛みついてしまった。
どれだけマリメルが嫌おうと、クロエは王妃殿下の甥の婚約者であるという事実に変わりはない。
下手な物言いは自分の首を絞めるということをよく理解していたはずなのに、失態を起こしてしまった。
上手くやれなかったため、帰ってから義母にちくちくと言われるであろうことも、クロエが王妃殿下に目をかけられていることも何もかもが嫌になる。
帰ることを億劫に思いながら馬車を待っていると、王城の前で衛兵と言い合いになっている令嬢が目についた。
マリメルは社交の場で見かけたことがある顔だな、と記憶を辿ってみる。
そうだ、彼女は『ネイア・ハルバーナ男爵令嬢』だ。この前も社交界でルーカス・ファルネーゼに声をかけていたのを見かけた。所詮は成り上がりの平民一族の女だ。貴族らしい矜持もマナーも身に着けていないうえに卑しさすらも感じられる。
ファルネーゼ大公令息という肩書と端正な容姿という外面だけに惹かれているに違いない、とマリメルは勝手に自己完結をして無視を決め込もうかと思ったが、ふとマリメルの中で考えが湧き上がってきた。
もしもネイア・ハルバーナがクロエからルーカスを奪ったら彼女はどんな顔をするだろう。いや、何も本当に奪わなくてもそう思わせるだけで十分だ。一度ならず二度までも婚約破棄をされたら、どれだけ絶望するのだろう。裏切られることには幾らか敏感になっているはずだ。
普段はそこまで考えることはないマリメルだが、今日は一層心の中がどす黒い感情で支配されている。
「わたしもお茶会に参加したいんです! 王妃様に直接お会いしたいんです!」
「招待状が無い者は通すことが出来ない」
ネイアはどうやら、先ほどマリメルが参加していたお茶会に出たかったらしい。
だが、彼女は勿論招待をされていない。今回の招待客は若い貴族夫人なのだから彼女が招待されるはずなどないのだ。衛兵が毅然として対応しているが、同じ問答が延々と続いているので可哀想にも思えてきた。
「もうお茶会は終わったわ」
マリメルが声をかけると、衛兵は助かったというような表情を浮かべ、ネイアはショックを受けたように青ざめた。
「なぜ、そんなにもお茶会に参加したかったの?」
「ルーカス様とのことを王妃様に認めてもらうためです!」
マリメルは自然と顔を引き攣らせる。頭のお花畑具合が常軌を逸していた。
ルーカス・ファルネーゼの婚約者はクロエ・エシャロットであるという事実は既に貴族間で浸透している。ふたりは仲良くやっているし、ルーカスに愛人がいるようには全く思えなかった。
例えば、そのふたりの間に入ってルーカスを奪いたいとかそういう主旨ならまだ理解できたかもしれないが、ネイアの物言いは既に自分がルーカスの恋人であることを信じて疑わないようだった。
直感的にあまり関わらない方が良いと思ったけれど、それ以上に今はクロエがまた堕ちていく様子を見たいという欲の方が圧倒的に強かった。
「本当に、あなたたちはとてもお似合いだと思うわ」
「ネイアもそう思います! ルーカス様は、心の底ではネイアのことを愛してくれているんです。横にいる女が、ルーカス様のことを脅してネイアとの邪魔をしているに違いありません……!」
どう妄想を進めたら、そんな勘違いが出来るのか……マリメルは恐怖を感じた。
「クロエを排除出来れば、きっと彼も安心することでしょうね」
マリメルの言葉の後、ネイアの目の奥で炎が燃えたような気がした。
これ以上、彼女と一緒にいることが怖くなって、ゴーズフォード家の馬車がついた瞬間にマリメルはそそくさと立ち去る。
馬車に乗り込んで、帰路を辿る道でクロエが再び落ちぶれる姿を想像して自然と笑みが零れた。




