第五十二話 「暗黙」
社交の場が開かれて、クロエはルーカスのエスコートと共に出向いていた。
こうして表舞台に出来ることにも少しずつ慣れてきたようにクロエは感じている。昔感じていた吐き気や不調を感じる時間が極端に少なくなった。
それはただ慣れただけではなく、隣にサポートをしてくれる存在がいることも心の中で安心材料となっているのだろう。
「今日は、いつもより出向く人が多い気がしますね」
「王家が関わる社交界だもの、招待を断る人はいないでしょうね。現に、気乗りしないけれど出席せざるを得なかった娘がここにいるわ」
クロエとルーカスのそばには、今にも帰りたそうにむすりとするロージーがいた。
「お姉さまに、たまには一緒に出ないかって誘われたから来たのよ。そうじゃなかったら断っているわ」
とはいえ、あの母親が欠席を許すはずはないということをクロエは理解していた。
だけれど、クロエとは違ってロージーは頻繁に反抗の意は示していた。それが尚更、母親にとっては面白くないらしい。
「ルーク、クロエさん、こんばんは」
こちらに歩み寄ってくる人物に目を向けると、そこにいたのはナサニエルだった。
クロエは慌てて一礼して挨拶を返した。ロージーも一礼をしていたが、ルーカスはナサニエルと抱擁を交わして友人らしい挨拶をしていた。
「いいよ、そんな毎回恭しく挨拶しなくても。ロージーも、堅苦しい挨拶はしなくていいって話だっただろう」
ナサニエルが、砕けた話し方でロージーに声をかけるので、クロエとルーカスは目を丸くした。
ロージーは俯いて居心地悪そうにしている。
「ロージー、殿下と親交があったの?」
「いえ……以前、ナサニエル殿下とは少しお話をしただけで……」
「前はエルって呼んでくれていたじゃないか、何で今日はそんなに仰々しくするんだい?」
ナサニエルの言葉に、ロージーがキッと見遣って口を尖らせた。
クロエは二人の親しげな様子に目をぱちくりとさせて、交互に見遣ってしまう。
「ちょっと、やめてよ。社交の場でそんな親しそうに話しかけないで、目立つでしょ!?」
ついに痺れを切らしたように、ロージーは3人にだけ聞こえるくらいの小さな声でナサニエルに苦言を呈した。
その様子に、ナサニエルは満足そうに笑みを浮かべる。
「やっと、いつものロージーらしくなったね」
ナサニエルも彼女に配慮するように小声で応戦したので、ロージーは少しだけ満足して落ち着きを取り戻す。
本当はどんな関係性なのか、根掘り葉掘り聞きだしたかったけれど、クロエは今は黙っておいた方がいいと空気のように影を薄くさせて沈黙を貫いた。
「そういえば、今度母上が若い女性を集めたお茶会を主催されるそうだけど、クロエさんも招待されているよね?」
ナサニエルは、影を潜めていたクロエの方に顔を向けて声をかける。
突然に声をかけられたので、一瞬を間をあけてからクロエは顔をあげた。
「……えっと、お母様が招待状を受け取ったと話をしていたので、てっきり婦人会だと思っていたのですが……もしかして、私宛だったのでしょうか」
クロエは問いかけに青ざめながら答えた。
厳密には答えた、というよりも結果的に質問で返してしまっているけれど。
「お姉さま宛よ。だって、お母様が既婚の若い女性にしか届かない王家からの招待状が遂に我が家にもって喜んでいたもの」
「まだ、結婚はしていないけど……」
婚約と結婚はかなりの違いがあるが、この国はどうやら同列として並べるらしい。
とはいえ、それは『ファルネーゼ大公令息の婚約者』であるということが特別なだけであって、たとえ公爵家の婚約者であってもこのような措置はなかっただろうということをクロエは瞬時に理解した。
お母様が招待状の話をしていた日、やけに機嫌が良かった理由が良く分かった。
急激にクロエの肩に重荷が押しかかる。
若い既婚の女性のみ、ということはマリメルがいることは確実であるし、今日のようにルーカスもいなかれば未婚のロージーもいない。あまりにも心もとない。
行かない、という選択は母親が許さないだろうし、ファルネーゼ大公家の婚約者という肩書がある以上、ルーカスや大公に迷惑をかけるわけにもいかないので、出席は確実なものであった。
クロエは気を鎮めようと手に持っている飲み物をぐっと喉に流し込んだが、全く味がわからなかった。




