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第四十六話 マリメルという女性


 マリメル・ゴーズフォードは、ゴーズフォード家の中では最も起床が早い。


 夫であるフレデリックより遅く起きることなど言語同断であり、それから義理の父親と母親と共に食事をする際には、フレデリックと共にダイニングで出迎えなければならなかった。


「おはようございます、お義母さま」

「ええ、おはよう」


 ゴーズフォード夫人は全くマリメルに目を向けずに席に着く。顔を合わせただけでマリメルは胃をキリキリとさせた。


 そのあと、公爵もやってきて全員で席に着いて食事を始めた。

 彼女はこの時間が心底嫌いだった。


「フレディ、仕事はうまく行きそうなの?」

「勿論です」


 フレデリックの返答が何か気に障ったのか、ゴーズフォード夫人はムッと顔を顰めた。


「普通にやっていてはダメよ、急に大公令息だなんて言って表舞台に出てきたルーカス・アデレインなんかに横取りされていられないわ」

「アデレイン、ではなくファルネーゼだぞ。社交の場では間違えないように」

「あら、そうだったわね。どうもまだ信じられないみたい」


 公爵の指摘に夫人がコロコロと笑った。

 大公には跡継ぎがいないことから、ゴーズフォード家の地位は今後も盤石であると信じていたが、ルーカスが現れたことで少し揺らいだ。それが、公爵と夫人にとっては不愉快極まりなかったようだ。


 勿論、表舞台でこのやり取りを行った場合には不敬罪に問われることだろう。


「仕事の面は良いとして、跡継ぎは一体いつ見せていただけるのかしら?」


 マリメルは急に矛先を向けられて、一瞬身体にグッと力が込められた。

 最近ほとんど毎日ちくちくと言われていて、それがマリメルにとってかなりのストレスだった。


「あなたが光属性の魔法を使えるって聞いて、ゴーズフォード家にその才能が継承されればとあなたを迎え入れたのよ? それが石女だなんて……」

「母さん、それは言い過ぎだよ」


 石女、という言葉に反応したフレデリックが母親を諌めるが、夫人はフンッと鼻を鳴らしただけで謝罪は全くなかった。

 何か悪いことを言ったという自覚がないのだろう。


「予定通り、クロエさんを迎えていたら良かったかしら」

「母さん!」

「何よ、大きな声を出さないで頂戴」


 ぼそりと夫人が呟いた言葉にフレデリックが声を荒げる。


 いつものことだから、とマリメルは気にしない素振りで食事を続けていたが、内心はかなり腹が立っていた。


 マリメルの実母、ケイル夫人はとにかくエシャロット伯爵夫人と折り合いが合わず、マリメルに常々エシャロット家を敵対視するようなことを言い続けていた。

 そのせいでマリメルは無意識のうちにクロエに敵意を抱いており、フレデリックを奪ったという事実が彼女の中でクロエよりも優位に立ったという気持ちにさせていた。そして、彼女が自身より劣っていると潜在的に認識しているせいで、ゴーズフォード夫人の発言がかなり癪に障ったのだ。


 だけれど、マリメルという女は馬鹿ではない。


 どれだけ癪に障り腹が立ったからといって、ここで声を荒げるような所業は行わないし、直接的にクロエを貶める行為も行わない。

 もしもこれが物語の中であるのならば、自業自得だと思われるような行動を起こすだろう。

 より良い地位の男を狙うことも、金や権力のために不正を行うことも彼女はしない。


 フレデリックは純粋にマリメルを好いている。

 彼を手に入れたのだから、これ以上は望まずに現状維持に努めるような女なのだ。

 模範的な妻として献身的に彼を支える姿勢も持ち合わせている。


 そのため、ゴーズフォード夫人の小言は彼女がまだ子どもを生すことが出来ないという点にのみ放たれていた。女主人としての仕事や役割については特段口出しをする事柄がないからだ。


「このあと出かける準備あるから、俺たちは部屋に戻るよ」


 フレデリックは少し怒りを含ませた口調のままで立ち上がり、マリメルの手を取ってダイニングを出て行く。

 後ろでは夫人の盛大なため息が聞こえてきたが、フレデリックは全く気にしていなかった。


「食事の途中なのにってまたお義母さまが怒ってしまうわよ」

「怒らせておけばいいさ」


 フレデリックが自身のことを思ってくれればくれるほど、マリメルは多少の罪悪感を抱いた。


 マリメルは戦略的にフレデリックを手に入れただけであって、愛や恋などといった俗世的な感情は持ち合わせていなかった。

 一緒に過ごしていく中で湧き上がってきた、家族としての愛情は抱いているがフレデリックと同じ感情を心の底から返せるわけではないということが心苦しかった。


 そう感じるたびに、最近はルーカスに見初められたクロエの様子が脳裏に浮かんできて、醜い感情が心を支配していくのだ。


 

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