第四十一話 ルーカスの異動が決まった日
「一体何の冗談ですか、ファルネーゼ大公」
ルーカスは自身の本当の父親であるファルネーゼ大公から呼び出されたその時から嫌な予感がしていた。
今まで自分のことなど少しの気にも留めずに、アデレイン子爵家に全てを放り投げていたというのに、今になって関わりを持とうとしてくることがまず腹立たしかった。
「冗談ではない。このファルネーゼ家を継ぐに相応しい後継は、私と血のつながった子どもだと考えた。それはルーカス……君ただ一人」
「確かに僕は血が繋がったあなたの子どもです。しかしながら、あなたに育てられた記憶はないし、あなたを父親だとも思ったことがない。僕の両親はアデレイン子爵と子爵夫人のみ。今更父親面されても困ります」
ルーカスのかなり厳しい発言は、全くもって大公に響いてはいなかった。
彼はフッと鼻で笑ってから「それで?」とルーカスに聞き返した。
完全に挑発している。
ルーカスの苛立ちは更に増して、眉を顰めて口の片端を一瞬ぐっと釣り上げたが、どうにかおさめて手を振り上げることだけは堪えた。
「あなたの思い通りにはならない。僕は大公家の主になるつもりなどない」
「私もそのつもりだったさ。兄から賜ったファルネーゼの名も、屋敷も、地位も何もかも誰かに明け渡すつもりなどなかった」
滅多に感情を表に出さない大公が、珍しく強く言い放った。
その威圧感に、ルーカスは魔導師団で様々訓練をうけて修羅場を潜り抜けてきたはずなのに、少しだけ身体を後ろに仰け反らせる。
大公はすぐに威圧感をおさめていつもの落ち着き払った彼に戻った。
「だが、年を負うたびに、大公家を一代限りで終わらせるわけにはいかないという気持ちが芽生えた」
大公はルーカスを見つめて満足気に小さく笑みを浮かべる。
「子は不要だと考えていたが、そう悪くはない選択だったらしい」
そこでルーカスは悟る。
この人は自分のことを自分の所有物程度にしか思っていないのだと。
むしろ怒りが冷めてきた。
自分の実の両親をどこまでも嫌った。
大公は現在まで一度も妻を娶ったことがない。
気まぐれに女性と遊ぶだけで特定の誰かと付き合っているという噂すらも流れたことがない。
その気まぐれに遊ばれたうちの一人がルーカスの母親だった。
彼女は大公家で雇われたメイドだった。
一夜遊んだだけのメイドはルーカスを身籠ったが、だからといって大公が彼女を妻として迎え入れることなどしなかった。
大公にとっては身籠ったメイドも子どもも邪魔の対象であったが、大公は彼女たちを排除する前に考えた。いつか子どもは何かの役に立つかもしれない。
ルーカスの母親は、大金と引き換えに彼を大公家に置いて屋敷を出ることに快く了承した。
その事実をルーカスが知ったのは最近のことではない。幼いルーカスに慈悲もなく大公が伝えたためだ。
大公は子どもを家に置いて育てるつもりも目をかけるつもりもなかったため、彼の世話をアデレイン子爵家に命じた。
子爵と子爵夫人は本当の子どものように、ルーカスに愛情を注いで育ててきたことが、彼が曲がらずに育った理由だろう。
だが、ルーカスが大公の息子である事実は変わらない。
表面的にはふたりの子どもであることにしているが、ルーカスには幼いころから本当の父親が大公であると伝え、年に2,3度面会の時間が設けられていた。
ルーカスにとってその時間は楽しいものではなかった。
「ファルネーゼ家の後継になるにあたり、君には魔道師団をやめてもらう」
「はあ!?」
「だが、君に魔法の才があることは否めない。魔道所への異動で話をつけてある、安心しなさい」
「なんで、勝手に……」
それ以上ルーカスは言葉を発することが出来なかった。
魔導師団で働くことは彼の夢だった。その中で、目標も掲げていた。
それが、こんなにも一瞬で全て崩れ去ってしまう。
「魔導師団で働くには危険が伴う。大怪我をしたら大変だろう」
「そもそも大公家を継ぐなど了承していません。僕は、絶対に魔導師団をやめない」
ルーカスは怒りを抱きながら、部屋を出て行こうと踵を返す。
これ以上、大公と話していても埒が明かないと感じたからだ。
「何か勘違いしていないか?」
大公がルーカスに呼びかけたことで、ルーカスは足を止めた。
「君に拒否権などない。私はお願いをしているわけではない、これは命令だ」
ルーカスは大公の座る机の前まで戻って、バン!と机をたたいた。
大きな音にも全く怯むことなく大公は変わらず無表情を貫いている。
「そんな横暴な話があるか」
「私は王族だ、多少の横暴は許される。そして、王命に逆らうとどうなるかわからないわけではないだろう」
脅しだ。
魔導師団や子爵家に迷惑がかかる。
大公の言うことは全くもってハッタリではない、現に彼は王弟殿下である。
悔しくてたまらなかったが、ルーカスはファルネーゼ大公の後を継ぐという話を引き受けるしかなかった。




