第三十七話 「存知」
「仲が良いのね」
馬車が走り始めてすぐにクロエが声をかけた。
それに対して、ルーカスは少し照れた様相で「はい、良くして貰っていました」と答える。
「魔導師団のみんなとも仲が良いの?」
「他の部隊の方々とはあまり交流を持っていませんが、第二部隊のみんなとは仲が良いと思っています。急に異動してしまったので、怒っている人もいるかもしれませんが……」
はじめは笑っていたのに、次第に表情が暗くなって声も小さくなる。
クロエはどう返答してよいものかわからずにいた。自分で振った話題にも関わらず、全く異なる話題を頭の中で探し始める。
「でも、正直言うとそうであって欲しいとも思います。部隊のみんなと会っていないのも意図的に避けているからです。そうでないと、戻りたくなってしまうので……」
ははは、と笑う顔は少し引き攣っていて、無理をしているのだと感じられた。
今のルーカスの言葉で、魔道所への異動は本意ではないのだとクロエは察する。
それならば、なぜ異動することになったのか、謎は深まるばかりだ。
「ルークにとって、魔導師団での仕事は楽しかったのね」
「幼い頃からの夢でした。ご存知の通り僕の父は第一部隊の隊長を務めています。いつか、僕も父さんのような魔導師になりたいと思っていました。隊長になって、そしていつかは団長になって父さんの背中を超えていきたい!って」
ルーカスの話す"父さん"はファルネーゼ大公ではなくアデレイン子爵のことだ。
「でも、もうそれも叶わぬ夢になってしまいました」
どうして叶わない夢だと言い切れるのか。
クロエはルーカスの心のうちを知るために一歩踏み出すことは出来なかった。
結局のところ、肝心なところで臆病なところは変わらないのだと自分自身に失望する。
「暗い雰囲気にしてしまいましたね、すみません。気を取り直して、お仕事頑張りましょうね!」
ルーカスは無理やり明るく振舞い始めて、完全に空元気だった。
それを変に指摘することはせず、クロエはそこから始まった雑談に合わせることにした。
「クロエさん、大丈夫ですか……?」
「久しぶりに長く馬車に乗ったから、少し疲れたみたい……」
クロエはここ十年ほどは殆ど活動範囲が同じで、馬車に乗っても街の中を移動できるほどの距離だった。
かなり久しぶりに長距離移動をしたためか、体調は万全ではなかった。
疲れもあるが、馬車の揺れで酔ってしまったようにも思える。
「もし厳しければ、僕一人でもおそらく対処出来ますから……無理しないでください」
「いえ、せっかくの機会だもの。少しくらい無理しないと」
自分が勝ち取ったチャンスであり、もしかしたらここがターニングポイントになるかもしれない。
クロエはどんな機会も逃したくはなかった。
もしかしたら、もう二度とやってこないかもしれない。
今回うまくやれなかったら、現場での仕事を振られないかもしれない。
そう思えば何事にも挑めるような気がした。
それでも、他人の心のうちを覗くようなことに関しては中々難しいけれど。
「わかりました。でも、もし少しでも体調に変化があったら教えてくださいね」
ルーカスはクロエに少し厳しめに釘をさしてから、件の場所へと足を進めた。
村に流れる川の上流に魔物が棲みついているようで、一向は森の中を歩いていく。
魔導師たちは少し先を行っていて、クロエとルーカスとまだ先行している彼らとの合流は果たしていなかった。
念のため、ふたりにはチェイスが付いているが、ルーカスがいるため護衛は不要ではないかと三人とも考えていた。
「あと少しのはずなんだが、誰も報告に来ないな……」
チェイスが眉を顰める。
何だか嫌な予感がしていた。
「ルーカスひとりでも仕事が片付くのではないかと思っていたが、どうやら我々が赴く意味があったようだ」
神妙な面持ちで見解を述べるチェイスだが、もしかしたら自分に仕事を押し付けるつもりだったのかと勘づいたルーカスは少しだけムッと口を尖らせた。
「チェイスさん、僕がひとりで遂行したら合同任務の意味ないですよ」
「確かに、それもそうだな」
ルーカスは意を唱えて、それに対してチェイスがフッと笑う。
緊迫した空間にほんの少しだけ和やかな雰囲気が漂ったところで、前方に魔導師団の様子が見える。
状況は思った以上に芳しくはなかった。




