第三十六話 「派遣」
ついに、魔道師団と魔道所の合同任務の日が訪れた。
クロエはあまり魔道師団の人たちと交流したことがなく、うまくやっていけるか不安を抱えながらも集合地点へ向かっていた。
魔導師補佐として現場で仕事をすることも初めてで、迷惑をかけないかという心配も大きい。
クロエは事前に受けた魔導師補佐としての役割についての説明を振り返る。
「まず、魔導師補佐が現場にいくときは主に魔導師ひとりでは任務を遂行できない場合よ。だから、魔導師が指示に従って道具や魔法で手助けをすることが主な仕事」
説明を行っているのはクロエの同僚であるリーゼルだ。
彼女は今でこそ魔導師として働いているが、クロエが魔道所で働き始めたころは魔導師補佐であった。
当時、魔道所にも女性の魔導師は一人もいなかった。
彼女は魔導師として働くには十分な実力があったにも関わらず、世の中の風潮が女性の魔導師を歓迎していなかった。最近では、かなりそれも緩和されてきているように感じるが、少なくともリーゼルが魔導師になることが出来たのは、彼女の才能と努力、それから魔道所が一丸となって女性の魔導師誕生を推し進めたためだと言える。
所長であるジョゼと副所長が、かなり苦戦していたことをクロエは記憶していた。
「……まぁ、あんたたちにしてみたら初めての共同作業ってところかしらね」
「変な言い方しないで貰えます?」
私が真顔で抗議したためか、リーゼルは肩をすくめて「ごめんごめん」と謝った。
「とにかく、今回で言えば基本的にルーカスの指示に従っていれば問題ないわ。あとは、記録用に到着時と対処後の変化を魔道具で撮影すること」
どれだけやることが多いのかと構えていたが想像していたよりも仕事量は多くないのかもしれない、とクロエはリーゼルの説明を受けて感じた。
「……何だか、あなたが現場に行くことになって感慨深いわ。昔はなるべく他者と関わろうとしていなかったし、控えめに行動していたじゃない」
「昔は、というか……最近までなるべくひっそりと生きていきたいと思っていました。ただ周りを呪って、自分の境遇を悲嘆して……だけど、変わりたいと思ったんです。その理由のひとつには、リーゼルさんも関わっていますよ」
クロエがふふっと笑う。
リーゼルは自分が知らないうちに影響を与えていたという事実に驚いて、そのあとその理由を考え始めた。
「あれ、私何か言ったかな……」
うーんと唸りながら考え込むが、彼女の中で閃くものは何もなかった。
「待って、答えは言わないでね! 絶対に思い出してみせるから」
「わかりました、また今度ゆっくり話しましょうね」
リーゼルはおかしなところで変にこだわりを持つ。
今回も自分で答えを見つけ出したかった。
クロエはそんなリーゼルのことをよく理解していたので、時間を与えようという結論にすぐ至った。
だが、彼女が自分の放った言葉を探しているうちは、きっと答えには辿りつかないだろう。クロエはリーゼルの言葉ではなく姿勢に感化されたのだから。
「ほぼほぼ雑談だったな」
クロエはリーゼルとの会話を思い返して独り言つ。
割と中身の薄い説明だったように思えてこれからの任務に不安を感じた。
「クロエさん!」
集合地点付近でクロエは声をかけられる。
声の正体はルーカスだった。
笑顔で駆け寄ってくる様子は、さながら大型犬だ。
「今日は頑張りましょうね!」
「ええ、よろしくね」
簡単な挨拶のあとに、現場へ向かうための馬車に乗り込む。それからすぐに馬車が発車するだろうというタイミングでコンコンと扉が叩かれた。
扉を開いた先には、魔導師団の服を身にまとった男が立っていた。
その男をクロエとルーカスは知っている。
魔道師団 第二部隊隊長のチェイス・レッドエルだ。
「チェイスさん、今日はよろしくお願いします」
「久しぶりに共に働けると聞いて楽しみにしていたよ」
挨拶をするためにチェイスは少しだけ馬車に身体を乗り出し、ルーカスと言葉を交わしてから握手をした。
その流れで、隣にいるクロエにも視線を向けて手を差し出す。
「パーティーでお会いした以来ですね。仕事としてもお会いできて嬉しい限りです」
「現場での仕事は初めてなので、ご迷惑をおかけしないと良いのですが……」
不安気な表情を浮かべながら言うクロエとは対照的に、チェイスは小さく笑みを浮かべていた。
「ルーカスが付いているので、おそらく問題ないでしょう」
「勿論です」
チェイスの言葉を受けて、ルーカスは自信ありげにうなづいた。
それから、チェイスは馬車から身体を引いて再び外に戻る。
「第二部隊の隊員と会うのも久しぶりだろう。是非みんなとも話をしてやってくれ」
ルーカスに一言声をかけて、彼は馬車の扉を閉めて魔導師団の隊員たちの元へ戻っていった。
この少しの時間だけで、ルーカスとチェイスの関係性についてクロエは何となく理解を示した。
パーティーの時にも感じていたが、チェイスは他者への態度がかなり丁寧だ。
そんな彼がルーカスに対してはとても気さくで、ふたりの信頼関係がしっかりと築かれているのだろうと感じたのだった。




