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第三十二話 「交友」


「ここまでは上手くできているわね」


 ダンスが終わり、ルーカスが飲み物を取りに行っている間に母親がクロエに近づいて声をかけた。

 クロエの振る舞いに今のところは感心しているようで、彼女にしては上機嫌で賛辞を送った。


「随分と社交の場から離れていたにしては、どうにかなってるわ。大公のおかげかしらね」


 母親は意地でもクロエの頑張りだ、という体では褒めることはしないらしい。

 だが、クロエにとっては十分な言葉だった。褒めちぎられた時には、逆に疑ってしまうだろう。


「ロージー、あなたもよい人とご縁を結びなさいな。ボーっと突っ立っていないで、ダンスでも踊ってきなさい」


 パーティーにすら来たくなかったロージーは、ダンスを踊る気もさらさらなく、母親の隣で置物のように立っているだけだった。

 母親は、クロエがルーカスの婚約者になってから標的をロージーに変えて、ちくりちくりと言い続けた。

 精一杯の抵抗として、ロージーは母親から顔を背けて無視を決め込む。母親はその態度に苛立ちを露わにしたが、パーティーの最中ということもあり、声を荒げることはせずどうにか感情を抑えていた。


 ルーカスはまだ戻らないのだろうか。

 クロエがあたりを見渡しはじめたときに、会場内が騒めきはじめた。


 みんなの視線の先には、飲み物を手に持つルーカスともう一人同じ年頃の青年がいる。

 青年の顔は広く社交界に……ひいては国中に知られていた。

 この国の第三王子である。


 なんでルーカスが王子と仲睦まじく話しているのだろう、とクロエは疑問を抱いた。

 しかし、彼が大公令息であるということは王族と親族関係にあたるため、全くおかしくはないことだとすぐに理解した。


「クロエさん、お待たせしました」


 ルーカスが普段通りの柔和な笑みを浮かべてクロエの前に立つ。

 それから、手に持っている飲み物を彼女に手渡した。


「ご存知かとは思いますが、紹介します。友人のナサニエルです。僕が魔道師団に所属していた際に一時期部隊が一緒でした」

「初めまして、ナサニエルと申します」


 ルーカスの紹介のあと、ナサニエルはクロエとその隣にいるエシャロット家の面々に向けて挨拶をした。当たり前に知っている王族のひとりが、ルーカスの一友人として挨拶をしている様子に、伯爵家一同は面食らってしまう。

 その後、エシャロット伯爵を筆頭に慌てたように深く礼をして挨拶を返した。


「そんなに畏まらずとも結構です。今日は一国の王子ではなくルークの友人としてこのパーティーに参加していますから」


 ナサニエルは伯爵家の面々に言葉をかけたあとに、クロエの方に向き直った。


「改めてご婚約おめでとうございます」

「ナサニエル殿下、ありがとうございます。ルーカスの婚約者のクロエ・エシャロットと申します」


 クロエが挨拶として一礼すると、ナサニエルも浅く礼をした。

 ここは公の場として、クロエはあえてルークではなくルーカスと正式な名称を呼んだ。


「殿下がご友人だと聞いて驚きました」

「魔道師団にいたときは歳が近いこともあってすぐに仲良くなりました。まさか従兄弟だとは思ってもいませんでしたが」


 ナサニエルは茶化すような笑みをルーカスに向けた。


「何より、ルークはその事実を知っていてひた隠しにしていたってことが許しがたいね。言ってくれれば良かったのに」

「それについてはこの前謝ったじゃないか」


 ナサニエルから全く怒っている様子は感じられず、ただ友人同士のよくある掛け合いだった。

 そこに、打算的な人付き合いというものは全くなく、二人の間には純粋な友情のみがうかがえた。


「じゃあ、ぼくは叔父上に挨拶に行くので失礼するよ」


 ナサニエルは、ルーカスと伯爵家の面々に一礼をして去っていった。


「俺たちも挨拶にまわらないと」

「ええ、そうね……ロージー、あなたはしっかり周りと交流を図るのよ」


 メルロは、伯爵の言葉に合意してからロージーに釘をさした。


「……わかっています」


 ロージーは簡素な返事をして、すぐにその場を離れる。

 エシャロット伯爵夫妻も近くの貴族から挨拶まわりを始めたことで、クロエとルーカスはまた二人に戻った。


「一国の王子と友人関係だなんて、初めて聞いたわ」

「まぁ、言ってませんからね……僕と従兄弟だと知った時のナサニエルの驚いた顔は忘れられません」


 ルーカスは、くくくっと意地悪そうな顔で思い出し笑いをする。


「でも、彼以外の王族とは元々特に親交はなかったので、親族と会話をし始めたのは最近のことです。陛下は、甥っ子である僕の存在をご存知だったようですが」

「ナサニエル殿下以外の王族の方々はいらっしゃらないの?」

「忙しいみたいです。でも、大公がわざわざ来なくていいと言い放った可能性はあります」


 ただでさえ忙しく準備期間も短い中で王族がぞろぞろと参加するとなると、もっと準備に手間をかけなければならない。

 確かに、とクロエは一人納得する。


 二人が同時に飲み物を口にしたことで、少しの間沈黙が生まれた。

 そのとき、一直線にこちらに向かってくる人影が二人の視界に入る。


「ルーカス、クロエちゃん」


 声をかけてきた人にクロエは見覚えがあった。

 アデレイン子爵だ。


「婚約おめでとう。二人が婚約するなんて、凄くびっくりしているよ」


 子爵の柔和な笑みはルーカスとそっくりだった。

 二人は血が繋がった親子ではないのに、どことなく似ている雰囲気がある。


「父さん! 久しぶりだね」

「こら、ルーカス。もう私は父親ではないんだよ」

「……僕の父さんはあなた一人です」


 子爵に言葉を返すルーカスの表情は、どこか悲しそうだった。

 頑なにルーカスは、ファルネーゼ大公のことを『父』とは呼ばずに『大公』と呼んでいることにクロエは気づいていた。もしかしたら、大公令息になったことは彼にとって不本意だったのではないかということも。


 下手に口を挟むことが出来なかったクロエは、子爵とルーカスの様子を横目に見ながら少し気まずそうに飲み物を口に含んだ。


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