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第二十八話 「無力」


「……悔しかった」


 クロエが本心をぽつりと呟くと、ルーカスは深く頷いた。


「ありがとうございます、本当のことを言ってくれて」


 とても穏やかで優しい笑顔を向けられたクロエは、人間として良く出来すぎていると感心した。

 ルーカスはクロエの手を放して再び椅子に座り直し、それからクロエの話をしっかりと聞く姿勢に入った。


 クロエは、真っすぐなルーカスの目を見ながら話をすることがどうしても出来なくて、俯きながらも言葉を吐き出し始めた。


「……最近は少しずつ前に進もうって思えてきたの。今まではたくさんの理不尽に耐えてきたけれど、そうじゃなくて立ち向かおうって。だから、パーティーにも参加したし、家のことだってむしろ利用してやろうって、思ったのに……」


 ぽたり、ぽたりとクロエの手の甲に涙が落ちた。

 悔しくて、苦しくて、ぎゅっとドレスを握る拳にどんどんと涙の跡がつく。

 

 みっともない、みっともなくて仕方がない。

 五つも歳が下の人の前で何度も涙を流して、もっと凛とした頼りがいのある女性でいたいのに。


「結局、自分の力で成し遂げたものなんて何もなくて、こうやってプレゼントでもしてくれなければ、欲しいものひとつ自分で手に入れることも出来ない。敷かれたレールすらも走れなくて、だからと言って自分で道を敷くことも出来なかったのよ」


 クロエは諦めてはいないが、すでに心が折れかけていた。


 再起を図ったパーティーでもうまくいかず、ロージーとも溝は深まり、屋敷に戻ってきたが居心地は悪い。大公妃への道もルーカスによって敷かれたものであって、自身がつかみ取ったものではないだろう。

 あえて言うならば、職を得ることが出来たことだろうか。

 いや、あれもジョゼさんの恩情に近く自分の力というにはほど遠い、とクロエは僅かに沸き上がった可能性の芽すらも摘み取った。


「クロエさんは、完璧を求めすぎているんですね」

「……え?」


 クロエの深刻な様子とは打って変わって、ルーカスの返答は軽やかなものだった。

 拍子抜けしたようにクロエは少し声を上ずらせながら顔をあげた。


 ルーカスは微笑みながらお茶を一口飲んで、それから再び口を開いた。


「だって、職場でのクロエさんの評判はとってもいいですよ。仕事が早くて丁寧だとか、いつも気配りが凄いとか、それって今まで積み上げてきたクロエさんの功績です。それに! 一緒に買いに行ったドレスは、クロエさんが自分で働いて稼いだお金で手に入れたものです。確かに、欲しかったドレスとは違うかもしれませんが、世の中のご令嬢を見てみてください。殆どは買ってもらっているものじゃないですか」


 ルーカスは「違います?」と首を傾ける。

 クロエは対面する相手と視線が交差し続けることが出来なくて、何度か目を逸らしながらも言われたことについて頭の中で考えていた。


「違わない、と思う」


 クロエは自信なさげに言葉を返した。

 それに対して、ルーカスは満足そうに笑みを浮かべてから徐に立ち上がってクロエの横に移動した。椅子の横でしゃがんで見上げているのが、クロエにとってはどこか大きな犬のように思えた。


「何より僕との婚約についても、クロエさんが僕にそうさせたいと思わせたんです。とはいえ、それはかなり実感するのが難しいかとは思いますが……」


 ルーカスは、自分で言いながらも苦笑いをしていた。


 でも、クロエにとっては大きな励ましだった。

 確かに自分は大局的に見すぎていたのかもしれないと顧みることが出来た。


 もっと小さいことからで良い。少しずつ自分の力で積み上げてきたことを数えて、いつしかそれが大きな成果になればいいのではないか、と。

 そう考えると、納屋での暮らしですらも自分でよくここまでやってきたと褒め称えたくなった。


「ありがとう。確かに私、難しく考えすぎてたかも」

「はい、もっと自分を褒めてあげてください。勿論! 僕もたくさん褒めますよ!!」


 少し誇らしげな顔をするルーカスが、クロエにはどうしても大きな犬にしか見えなくて頭をぐしゃぐしゃと撫でてやりたい気持ちになる。


「あと、ひとつ提案なんですが……そのドレス、僕が預かるっていうのはどうですか? 誰かに買われないために僕が一時的に大切に保管していて、クロエさんはそれを僕から購入するんです。それなら、クロエさんが自分で手に入れたことになりますよね」


 ルーカスが「ドレスいくらだったかなぁ」と考え込んでいる間、クロエは彼が自信を尊重してくれた気持ちが嬉しくてまた泣いてしまいそうだった。


 クロエは自分が随分と失礼なことを言っているという自覚があった。

 せっかくプレゼントしてくれたのに不満を零してしまった。


 だが、それに対してしっかりと考えて提案をしてくれたのだ。


「凄く、凄く良い提案だと思うわ。ありがとう、本当に」


 クロエがにこりと笑みを浮かべながらお礼を口にすると、ルーカスも同じように笑ってみせた。


「やっぱり、クロエさんは笑顔が一番ですね。」


 ルーカスは、椅子に戻って再び優雅にお茶を飲み始めた。


 クロエはそんなルーカスをずっと目で追ってしまう。

 年下なのにあまりにも人が出来すぎていて、それでいて他人を尊重することが出来る。


 易々と出来ることではないことをクロエは良く理解していた。

 自分の身の回りには、それが出来ない人が沢山いるから……自分も含めて。


 だからこそ、クロエはルーカスのことを人として尊敬が出来ると心の底から思い、自分もそう思われる人間でありたいと強く決意した。


 そうすれば、愛情がなくとも人間は長く一緒にいることが出来るだろうから。


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