第二十四話 「理由」
ファルネーゼ大公の計らいで、クロエとルーカスは二人きりの時間を過ごすことになった。
クロエは未だにルーカスが自分と婚約したいと言ったことが理解できていなかった。
「どういうつもりなの?」
「どういうつもりって?」
クロエの質問にルーカスはニコリと笑みを浮かべながら質問を返した。
「だから、私と婚約したいだなんて一体どういう魂胆なのかって聞いているのよ」
クロエは少し憤りを感じていた。
そのせいで、ルーカスへの口調が普段と比べるとずいぶん強いものになってしまう。
ルーカスは今までそんな素振りを少しも見せなかった。
相談だってされたこともなかった。
何か考えがあるのであれば事前に共有して欲しかったし、突然の出来事に頭が混乱していた。
「魂胆も何も……僕は純粋にクロエさんに婚約の申し入れをしようとしているだけです」
真面目な顔で言われるのでクロエは尚更戸惑ってしまう。
何の条件も理由もなく、自分と結婚したいなどという人間などいないと確信しているからだ。
例えば、この婚約においてルーカスのメリットは一体何だと考えても、ひとつも浮かんではこなかった。
「僕がファルネーゼ大公の実子だと公表されてから、さまざまな貴族のご息女との婚約話が浮かびました。それで……それで僕は、他の誰でもないクロエさんと婚約、ひいては婚姻を結びたいと考えたんです」
クロエが目をぱちくりさせていると、ルーカスは更にたたみかけてくる。
誰でもない自分と、という言葉にクロエは一瞬浮かれそうになるが、高ぶる気持ちを抑えて冷静に考えてみた。
ルーカスは元々、子爵家の子息であったが、そこから最近になってその身分が一気に引きあがった。貴族社会の中で大公という身分は王族の血を引くものでもあり、高貴であるという点に関しては紛れもない。
そして、彼が大公令息になった瞬間に、今まで彼を気に留めなかったような人々までもが彼に注目をした。それが、ルーカスにとって”自身の背景や身分、大公令息という事実のみ重視されている”と感じるのは何もおかしくはない、とクロエは考えた。
目の前のルーカスを見ると、まっすぐな眼差しがジッとクロエに注がれていた。
「……僕と、婚約してくれませんか?」
少しだけ眉根を下げて、自信なさげに問いかけられる。
それこそ、何だか捨てられた子犬のような瞳で、こちらにノーと言わせないようにしていた。
知らない人よりは良く知った人間の方がそりゃあ良いだろう、とクロエは悲観的に物事を捉える。
一貫して、ルーカスが自分を選んだのは自分に好意があるからではないのだとクロエは言い聞かせた。
それならば、尚更ロージーでも良いのではないかとも思ったが、ルーカスが自分の方が気が楽でいられるというのであれば、無理にロージーを推すのは良くないと判断した。
「わかったわ、その婚約話を受けましょう。お母さまの了承は得なければいけないでしょうけれど。」
クロエの答えを聞いたルーカスはパッと顔を輝かせる。
「絶対にその決断を後悔させません。僕がクロエさんを幸せにします、必ず!」
ルーカスはクロエの手をとって、笑顔で彼の決意を伝える。
クロエは目を泳がせて、少し気恥ずかしさを覚えながらも小さく頷いた。
「でも……でも、もしも、もっと相応しい人が現れたなら、いつでも言って頂戴ね」
思い返せば、クロエには自信を消失させるような事実ばかりがあった。
大公は問題がないと言ってくれていたが、決して良いとは言えないレッテルがある。
クロエはルーカスよりもずっと年上で、結婚適齢期の若々しい娘たちと比べられてしまうと勝る点が見当たらない。
最近まで納屋で暮らして自活していた為か、貴族の女性とは思えぬ手荒れ具合。
自然と、はぁとため息が出てきて肩を落としてしまう。
「心変わりなんてしませんよ」
気を落とすクロエに、ルーカスは安心させるように優しい笑みを浮かべて声をかけた。
その笑みと言葉によってクロエは自信を取り戻した、などということはなく、クロエは小さく微笑むだけで依然として自信を消失させたままだった。
だが、彼女に婚約を申し込んだときのルーカスの真っすぐな視線が頭に残っていて、どうも暫くは忘れることが出来そうになかった。




