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婚約破棄された令嬢のそのあと 〜現実は物語のように甘くない〜  作者: みるくコーヒー


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第二十話 「陰気」


 カチャカチャとカトラリーの音が部屋に響く。

 それほどに食事の時間は静寂が流れていた。


 クロエは、幾年ぶりに母親とロージーと共に食卓を囲っている。


 ロージーは昨日のクロエとの会話が尾を引いているようで至極機嫌が悪い。

 母親の様子は相変わらずだが、ロージーとは異なりある程度機嫌は悪くないということをクロエはわかっていた。


「クロエ、今日はルーカスと顔を合わせるのかしら?」

「はい、魔道所で会うと思います」


 クロエの返答に母親は満足そうな表情を浮かべ、対してロージーは不機嫌を露わにした。

 ロージーがルーカスとの婚約を望んでいないということはわかっているが、彼女に悪いと思いつつもクロエは自身の任務の遂行を止めるつもりは少しもなかった。


「ルーカスとファルネーゼ大公をエシャロット家に招待して頂戴」

「お母さま、家への招待はまだ早いのではないでしょうか」


 母親の言葉にロージーはすかさず口を挟んだ。

 それに対して、母親は眉間に皺を寄せて、じとりとロージーを睨みつける。


 ロージーは徹底的に母親と目を合わさないようにしていたが、その視線には気が付いているようだった。


「ワタクシのやり方が間違っているとでも?」


 母親は食べる手を止めて、ナイフとフォークから手を放してロージーに声をかける。

 ロージーは口を一文字に閉じて無言を貫いた。


 数秒、時間が完全に停止しているようだった。


 母親が席を立ち、ロージーの真後ろまで回って彼女の肩に手を置く。


「貴方のためを想ってのことよ、ロージー。あまりワタクシのことを困らせないで、ねぇ?」


 珍しく優しい声音が、尚更娘2人に恐怖心を与えた。

 ロージーは変わらず口を閉じていたが、目を泳がせながらも小さくコクリと頷いた。


 母親はロージーが頷いたのを見ると、次はクロエに目を向けた。


「いい報告、期待しているわ」

「はい、お母さま」


 クロエは母親の言葉にすぐ返事をして朝食を食べ進める。

 母親も返事を聞いた後は、ゆっくりと席に戻ってカトラリーに手を伸ばした。


 朝食の味は今までより何倍も美味しいが、これならば寒い納屋で硬くてぼそぼそなパンを食べたほうが遥かにマシだと内心で感じた。




「はぁ……」


 クロエは大きくため息をつく。

 すると隣のリーゼルが口を尖らせてこちらを睨んだ。


「ちょっと、さっきからため息多すぎ。陰気な空気がうつりそうなんだけど」


 どうやら彼女はクロエのため息に苛立っているようだ。


「すみません、ちょっと、考え事してて」


 クロエはルーカスを伯爵家に招待することを重荷に感じていた。

 家を出るときはどうにかやってやろうという気になっていたが、魔道所に近づくほどに不安が湧き上がってきた。招待したところで来てくれる保証はない、上手くいかなければ母親になんと言われるだろう。それによってまた屋敷を追われたら、伯爵家を利用してやろうという計画は水の泡だ。


 考えれば考えるほど、プレッシャーに押しつぶされそうで、また大きくため息をついてしまって「もう!」とリーゼルに怒られる始末だった。


「ちょっとあっちで休憩してきなさいよ!」


 リーゼルが指をさしたのは、魔道所の外側。

 外の空気でも吸ってこい、という意味合いであろうとクロエは推測する。


「……はい」


 リーゼルは、むっと頬を膨らませながら再び机と向き合う。

 クロエは静かに外に出て深く空気を吸って、それから吐いた。


 無策でいこうとするのがいけないのだ、何か作戦を考えないと。


 結局、外に出ても考えることは同じで全く変わらない。

 仕事に集中しなければならないこともわかっているが、思考回路が”招待”のことでいっぱいだった。


 うろうろと動き回っていると「クロエちゃん」と声をかけられる。

 声の主はジョゼだった。


「朝からずっと落ち着きがないみたいだけど、どうしたのかな?」


 声をかけられて、姿をみてクロエは思い出す。

 パーティーで何の断りもなく帰ってしまったこと。まだ、それについて謝罪をしていなかった。


「あ、いえ……その……」


 謝らなければ、と思うが上手く言葉が出てこない。

 数秒前まで"招待"についてのことが頭を占めていたばかりに混乱していた。


「ごめんね、僕が事を急いてしまったから……パーティーで、トラウマを掘り起こしてしまったんじゃないかって」


 ジョゼは見るからにしょんぼりとしていた。

 クロエはまさか自分が謝られるとは思わず、慌てながら「ち、違います!」と声をあげた。


「ジョゼさんの所為ではありません、私が決めてパーティーに行ったんです。私が決めてルークとダンスを踊ったのです。私の方こそ、声をかけずに帰ってしまって申し訳ありませんでした……」


 クロエは深々と頭を下げて謝罪をする。

 それに対してジョゼは、彼女の肩に手を添えて「全然気にしていないから大丈夫だよ」と優しく声をかけた。


「ほら、顔をあげて。またいつでも僕は協力するから、必要な時は声をかけてね」


 どうして、いつもこんなにもこの人は温かいのだろう。


 クロエはジョゼの言葉がじんと胸に響いていた。

 いつだって、優しく温かく見守ってくれている人がいると思うだけで、何でも出来そうな気になる。失敗しても大丈夫な気持ちになる。


 先ほどまで、鬱々と陰気だった自分が吹き飛んだような感覚がある。


 もしダメだったらそれはそれで次の手を考えればいい。


 そう思ったら、もうため息は出てこなくなった。

 そのあと、席に戻ったクロエの打って変わった顔色の良さを見たリーゼルは、外の空気を吸うだけでこんなにも気分転換になるものなんだなぁ、と少しずれた勘違いをしたのだった。


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