第一話 「再会」
「おはようございます」
仕事場につき、クロエはいつも通りに挨拶をする。
寒空の中を歩いてきたおかげで鼻の先は真っ赤で、所長のジョゼが心配そうに駆け寄った。
「クロエちゃん、鼻をそんなに真っ赤にして風邪をひいてしまうよ。ほら、暖炉の前で暖まって」
御年70歳のジョゼは魔道所のみんなの優しいおじいちゃんで、それはクロエにとっても例外ではなかった。
「いいえ、大丈夫です」
「遠慮しないで、体は大事にしないと」
クロエは躊躇うが、ジョゼは彼女の肩を押して無理やりにも暖炉の前に座らせた。
「しばらくそうしていなさいね」
ジョゼはにこりと笑ってそう言うと、ゆっくりと歩いて所長室へと戻る。
たったこれだけの出来事で先ほどまで沈んで冷たくなっていた心が温かくなる。
クロエは、自身がこうして優しさを享受することを誰も咎めたりしないことに、あらためて居心地の良さを感じた。今朝のロージーとの出来事があったから、尚更そう感じずにはいられなかった。
暖炉で暖まって、悴んでいた手がほぐれてきた頃に、クロエはようやく隣に先客がいたことに気が付いた。
「こんにちは」
横を向いて、金髪の青年と目が合ったところで挨拶をされる。
どこか見覚えがあるような気がしながら、クロエは小さく会釈をしながら「こんにちは」と挨拶を返した。
「今日はとっても寒いですね」
「えぇ、雪が降っていますもの」
社交辞令の会話の中で記憶を辿る。
一体どこで出会っただろうか。青年は綺麗な顔立ちをしていて、こんな簡単に記憶の彼方に追いやられなどしなさそうなのに、とクロエはより一層不思議に感じる。
少しの静寂の間も青年は、にこにこと柔らかな笑みを浮かべている。
「ご挨拶が遅れました。魔導師団から異動してきまして、本日付で魔道所配属となりましたルーカス・アデレインと申します。」
ルーカス・アデレイン。
クロエはその名前に聞き覚えがあった。
「ルーカスって……うちに遊びに来ていたルーク!?」
クロエがまだ十六歳の頃、五歳年下……つまりはロージーと同い年の少年がエシャロット家に遊びに来ていた。アデレイン子爵家の令息で、おそらくはロージーとの婚約を目論んでいたのだろうとクロエは推測していた。
クロエ自身には、その時フレデリックという婚約者がいたため、特段気にも留めていなかったが、ある種子守りのようにロージーとルーカスの相手をしていた。
どこへ行くにも付いてきて、弟のような子犬のような、そんな気持ちでいたのに。
最後にあったのはクロエが二十歳の時なので、七年ぶりの再会である。
「久しぶりですね、クロエさん」
七年も経てばこんなに変わるのも当たり前か……とクロエは自己完結する。
身長も優に二十センチは伸びているし、面影はあるが顔に幼さも残っていない。
声も低くなっていて、変わらないことといえばサラサラな金髪だけ。
「ルークは魔導師団で働いていたのね」
「はい、どうやら魔法の才能があったようで、十五歳で入団しました。クロエさんと最後に会ったのもその頃でしたよね。」
「ええ、確か……そうね……」
クロエはルーカスと最後に会ったときどんな会話をしたのか、一体どうしていたのか記憶になかった。あの頃は自分自身のことで精一杯で、他人に優しくなんて出来ていなかったことだけは覚えていた。
だが、魔導師団にいたという事実だけでルーカスがどれだけ優秀なのか彼女には理解できた。
魔法戦闘のプロフェッショナル集団、それが魔導師団だ。
呼ばれれば何処へでも出向き問題を解決する。
どれだけ危険を伴おうとも、国のために働く国家直属の軍隊。
七年も死と隣り合わせの世界を生き抜いてきた。
それだけで敬意を払うべきことだ。
「お元気でしたか?」
「……ええ、もちろん!」
クロエはニコリと笑みを浮かべて、明確な嘘をついた。
元気ではない、けれどそんな本音を彼にいうべきではない。
「これからは同僚になるんですね、よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ」
挨拶を終えたところで、ルーカスがジョゼに呼ばれたため二人の会話は終了した。
ルーカスから会っていない期間のことも現状についても触れてほしくなかった。
同じように、きっとルーカスもなぜ魔道所に異動してきたのかについては触れてほしくないだろうとクロエは沸きあがった疑問は口に出さないことにした。
「さてと、私も仕事を始めないと」
薪のため、食糧のため衣服のため、クロエは今日も仕事に精を出す。