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序幕


『婚約破棄された売れ残り令嬢』


 それがクロエ・エシャロット伯爵令嬢の世間の評判だった。

 クロエは今でもそう呼ばれるきっかけとなった出来事を鮮明に思い出せる上に、夢に見るときすらある。


 彼女にとって、それは悪夢で、忘れ去ってしまいたい出来事で、そして明らかな現実だった。


「クロエ、婚約を破棄してほしい」


 初めに感じたのは、あぁ物語で見たことのあるセリフだというどこか他人事の感情だった。


 だが、物語とは異なり大々的なパーティーでも公衆の面前でもなかった。

 クロエの婚約者であるフレデリックの家、ゴーズフォード公爵邸で静かに告げられた。


 それは彼女がまだ18歳の時の出来事だった。


 噂は巡り巡って、クロエは結局結婚の相手を見つけることが出来ず『婚約破棄された売れ残りの令嬢』というレッテルを貼られる結末となった。


「はぁ、仕事に行かないと」


 クロエは冷たい手にハーッと吐息をかけてこすり温める。

 エシャロット伯爵邸の隅にある納屋が今の彼女の家だ。


 不名誉なレッテルを貼られた女は、血の繋がった家族からも冷遇された。

 貴族とはどこまでも冷たく慣習にうるさい生き物なのだとこれほどに実感することはないだろう。


 家を完全に追い出されなかっただけマシだと、いつからかクロエは幾らか前向きに捉えることが出来るようになっていた。

 ずっと、ずっと泣いていた当時が、いまや懐かしく感じるほどに。


 だけれど、クロエは自ら働いて生活を送らなければならなかった。

 今は凍てつく冬だ。薪を買うことが出来なければ凍え死んでしまう。それ以前に、食糧を買うことが出来なければ餓死してしまう。衣食住の中で、住は今のところ保証されているにしても、衣食に関しては完全に自分で賄わなければならなかった。


 もうどれだけ着ているかわからない、少なくとも貴族令嬢としての最低限の身だしなみを保った服を着て、古びたコートを羽織り納屋を出ていく。


 その時に、ちょうど庭を歩いていたであろう五歳下の妹 ロージーと出くわした。


「なにそのボロキレ、みっともない」


 煌びやかなドレスを身にまとったロージー。

 嫌悪感を含んだ表情で一方的に言い放つと、ツンと顔を背けてスタスタと歩いて行ってしまう。


 彼女の使用人も意地悪な顔でクロエを見てクスクスと笑い、それからロージーについていった。


 大丈夫、こんなの慣れっこよ。


 クロエは自分自身に言い聞かせるように心の中で何度も唱えた。

 だが、ロージーと自分を比べるとどうしても涙が出そうになる。


「しっかりしなさい、クロエ。これから仕事なんだから」


 クロエは自身に喝を入れて涙を引っ込め、前を向いて歩き出した。


 幸運なことに彼女は仕事場に恵まれていた。

 国が運営する魔道所が彼女の勤め先だ。


 魔道所で勤める魔導師たちの補佐がクロエの仕事である。

 所長のお爺さんや同僚たちは彼女のレッテルなど気にしておらず、唯一といえる彼女の味方だ。

 それが彼女にとっての支えであり、どうにか精神を保てている理由なのだ。


「それにしても今日は冷えるなぁ」


 そう呟いた途端にはらりと落ちてくる雪。

 見上げると曇天の空からはらり、はらりと雪が降ってきていた。


 これが、夢であればいいのに。


 暗い曇天を見つめながらクロエは思う。


 もしも、これが何かの物語であれば、婚約破棄を告げられてもすぐに素敵な男性が現れて、恋に落ちて幸せになるのだろう。だけれど、現実はそうではないのだ。


 クロエ・エシャロットは二十七歳になってしまった。

 甘酸っぱい恋愛も、運命的な出会いも望めない、世間的にも完全なる行き遅れの年だ。


 こんな女を誰が娶るだろうか。

 そもそも貴族社会では女性は結婚して世継ぎを生むことが当たり前。そこに属している限り、それ以外の道が開かれることもない。

 自立して貴族社会を離れるほどの能力もない。


 何がいけなかったのだろう、どこで間違えてしまったんだろう。


 考えても考えてもクロエにはわからなかった。


ご覧いただきありがとうございます。

いつも年上ばっかり書いているのでたまには年下を書こうかと。


完結までお付き合いくださると嬉しいです。

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