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【コミカライズ】「きみを愛することはできない」と言った旦那さまは、前世で愛を告白してきた教え子でした  作者: 葵 すみれ
本編

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09.ただ一つの不満

 コーデリアは三食昼寝付きの生活を満喫していた。

 昼寝はしたりしなかったりだが、三食はきっちり食べている。午後には茶と菓子まで用意されて、契約条件以上の好待遇だ。

 使用人たちもコーデリアに良くしてくれ、アーデン男爵領は何と温かいところなのだろうと、感動するばかりだった。

 ただ一つのことを除き、コーデリアには不満などない。


 今日も美味しい朝食と昼食の後、午後の穏やかな陽気の庭園にて、茶と菓子が用意された。小さな東屋の中には爽やかな風が吹き込んでいる。

 菓子は、薄い板状の焼き菓子に色とりどりのジャムが添えられている。茶は、貴族の飲み物である銀月茶だ。

 コーデリアは貴族の生まれでありながら、銀月茶を飲んだことはない。ただ、前世でリアが、フローレス侯爵邸で一度だけ飲んだことがある。


「……苦い」


 しかし、かつてのリアはとても美味しいと感じた銀月茶が、今のコーデリアには苦く感じてしまう。

 コーデリアはジャムを銀月茶に入れて飲む。すると、大分飲みやすくはなったが、前世で感じたような爽やかさはなかった。味覚が違うのだろうか。


「まあ、銀月茶に甘味を加えるなんて、まるで子どものようですこと」


 コーデリアにとって唯一の不満となっている侍女のグレタが、嘲りの言葉を吐く。

 彼女はキャンベル伯爵家の分家となる、モッブ男爵家の娘である。コーデリアの輿入れの際、侍女として付いてきたのだ。

 ゆっくりお茶の時間を楽しむ気にもなれず、コーデリアは早めに菓子を食べ終えると、席を立つ。そして、日傘を持って東屋を出た。

 気分転換に散歩に向かおうとするが、グレタは当然のように付いてくる。


「ああ、本当に貧乏くじですわ。こんな僻地に追いやられるなんて……また頭が痛くなってきましたわ」


 もっとも、本人も望んで侍女になったわけではない。

 アーデン男爵家は平民上がりだ。由緒正しい伯爵令嬢が嫁ぐにあたって、周りに貴族の一人もいないのはよくないだろうと、分家の中から選ばれたのがグレタだった。

 グレタはモッブ男爵家の三女であり、婚期を逃して家でも持て余しているという。いわば厄介者の処理でもあるだろう。


「具合が悪かったら、休んでいてちょうだい」


 素っ気なく、コーデリアは言い放つ。

 グレタは結婚式の翌日から、体調を崩したと言ってずっと寝ていたのだ。

 それが本当のことか仮病なのかはわからなかったが、コーデリアは彼女にずっと寝ていてほしいくらいだった。

 せっかく楽園生活だったのに、グレタが侍女として側に控えるようになってから、コーデリアの心には影が落ちている。


「いいえ、ろくに淑女としての嗜みも知らないコーデリアさまには、私が付いて教えて差し上げないといけませんわ。私が少し休んでいただけで、こうも使用人たちがのさばっているとは……コーデリアさまには女主人としての資質がございませんね」


「使用人たちのどこが悪いの?」


 明らかにグレタはコーデリアを馬鹿にしているが、それよりも使用人に関する言葉のほうが気になった。

 コーデリアは本当に何が問題かわからず、首を傾げる。


「使用人というのは、家畜と一緒です。常に命令を与えてやり、従えば褒美を、背けば鞭を与えるものなのです。それなのに、ここの使用人たちは好き勝手に動いて、騒がしいこと騒がしいこと……このような僻地では、管理という高度な概念がないのでしょうね」


「……家畜と一緒?」


 思わず、コーデリアは眉根を寄せる。


「よいですか、人間とは貴族のことなのです。使用人は平民であり、彼らは貴族の支配下で生かさせてもらっている、家畜と同じ存在に過ぎません。貴族には、平民を管理する義務があります。もっとも、魔力なしのコーデリアさまには、このような崇高な貴族の考えなど、理解できないのかもしれませんね」


 得意げなグレタの言葉に、コーデリアは不快感が募ってくる。

 だが、これが一般的な貴族の考えだということも知っていた。前世のリアは、こういった貴族たちに汚れ仕事を押し付けられていたものだ。

 この場でグレタにその考えはおかしいと言ったところで、まともに聞き入れることはないだろう。コーデリアが貴族として間違っていると鼻で笑われるだけだ。身に染み付いた考えは、そう簡単に変えることはできない。


「……では、貴族とはどう振る舞うのが正しいの?」


「それはもちろん、平民のように卑しい真似はせず、常に優雅に落ち着いて、高貴に振る舞うものですわ」


 グレタは上機嫌で答えた。

 コーデリアが教えを請うてきたことで、気分をよくしたのかもしれない。


「では、驚いたときや恐ろしいときに悲鳴を上げるのは?」


「それは淑女として、はしたないですわね。ただ、殿方はそういった、か弱い女性を好むというのも事実です。なので、愛らしい声で澄んだ悲鳴を軽やかに上げるのがよろしいかと」


 応用編だとでもいうように、グレタは得意そうに答える。

 どうやら彼女は、近付いてくる物音に気付いていないようだ。コーデリアは日傘をたたみ、音のする方向に向き直る。

 すると、グレタも不審そうにその方向を見つめた。

 歩きながら話していた二人は、いつの間にか庭園を離れて、邸宅の裏に近付いてきていたらしい。


「待て! 待つんだよっ!」


 使用人の切羽詰まった叫びが響く。


「ブゴッ! ブゴッ!」


 興奮した一角猪が、コーデリアとグレタに向かって走ってきた。

 大きな角を持つ猪は、成人男性ほどの大きさがある。それが自分たちに向かってまっすぐに突進してくる姿は、なかなか圧巻だ。


「なっ……がっ……うぎゃあぁぁぁ!」


 はしたない濁った悲鳴が、グレタの口から飛び出した。

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