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08.クライブの想い

 クライブは、執務室で書類を前にぼんやりしていた。

 王家からの圧力に耐えきれなくなり、しぶしぶ妻を娶ったのがつい数日前だ。

 一切興味がなかったクライブは、当日まで会うことなく、それどころか名前すらまともに聞いていなかった。

 ただ王家の血を引く由緒正しい血筋の令嬢ということしか知らず、どうせ気位が高く、平民を人とも思わぬような女なのだろうと決め付けていたのだ。


「まさか、あんな令嬢だとは思わなかった……」


 クライブは大きなため息を漏らす。

 初夜に冷たい言葉を吐いて放置したにも関わらず、彼女は恨み言一つ口にすることはなかった。

 さすがにひどかったかと翌朝様子を見に行けば、ひっそりと涙を流していた。相当、傷付けてしまったのだろう。

 それでもクライブは身勝手に、愛せない理由を突き付けた。だが、それすら彼女は受け入れてくれたのだ。


「向こうから契約結婚を持ちかけてくるとは、予想外だったな……しかも、あの条件……どういう扱いを受けていたのか……」


 もう一度ため息を吐き出したところで、扉を叩く音が響いた。


「失礼いたします。奥方さまに関する調査報告です」


 部屋に入ってきたのは、執事のセスだった。三十代半ば程度の、黒髪に青い瞳を持つ細身の男性である。

 戦時中、魔術師部隊にいた頃からの付き合いで、クライブが領地を授かったときに一緒についてきたのだ。

 領地経営に関する知識もあり、クライブは彼を貴族の出身だろうと踏んでいる。だが、本人が過去を語らないので、触れることもしていない。

 セスは持ってきた書類を、クライブの前に積み重ねる。


「奥方さまはキャンベル伯爵家の長女で、先妻の娘です。王家の血を引いているのは先妻ですね。先妻は奥方さまを出産後まもなく亡くなり、キャンベル伯爵はすぐに後妻を迎えました。あとは、お決まりのパターンというやつです」


「なるほど。後妻が先妻の娘を虐げているというわけか。キャンベル伯爵も、先妻の娘など知ったことではない、と」


 コーデリアはやせ細っていた。まともに食事を与えられていなかったのだろう。

 食事の席で漏らす言葉を聞いていても、貧民のような食料事情だった。貴族令嬢が受けるべき扱いではない。

 かわいそうで、もっと食べさせてやりたくなる。


「そして先妻……奥方さまの母は、フローレス侯爵令嬢ブリジット。旦那さまはご存知ですよね」


「ああ……そういえば、どこかで見たような気がすると思ったら、彼女の娘だったのか……」


 クライブが養成所を卒業後、フローレス侯爵令嬢ブリジットを誘拐犯から助けたことがあった。それがきっかけで、一時期フローレス侯爵家に仕えていたことがある。

 だが、すぐに隣国との戦争に身を投じたので、その期間は短い。


「……そういえば彼女も、貴族令嬢とは思えないほど気さくで、平民に対してまともに接してくれたな。その血筋だろうか」


 わずかな間ではあったが、ブリジットに対しては好印象を持っていた。ブリジットは、クライブの恋愛相談に乗ってくれたくらいだ。

 その後、多くの貴族たちと接していくうちに、ブリジットがかなり希少な存在であることに気付いた。たとえ功績を立てても、貴族にとって平民は平民でしかないのだ。


「使用人たちの間で、奥方さまの人気は凄まじいものがあります。最初はどれほど高慢で我がままな令嬢が来るのかと、屋敷内が沈み込んでいました。ところが、実際に現れたのは偉ぶらないお優しい方でしたからね。しかも不憫な境遇にあったらしいとなれば、幸せにして差し上げなくてはと意欲に燃えるのも無理ないかと」


「そうか……確かに、デニスを見て怯えることなく、平然と接していたのには驚いた。しかも、足の古傷にまで気付いたからな。あれから、毎食やたらと気合いが入ったものが出てくる」


 儚げで、触れただけで折れそうなほど細いコーデリアだが、見た目に反して物怖じしない性格のようだった。

 しかも細やかな気遣いまででき、平民だからと見下すようなこともしない。

 使用人たちに人気があるのも当然だろうと、クライブも納得だ。


「いっそ本当の夫婦となって、二人で愛を育んでいってはいかがですか?」


「……いや、それはできない」


 セスの提案に、クライブは首を横に振る。

 コーデリアのことは一人の人間としては好ましいと思うが、女として愛することはできない。

 今でも、クライブの心にあるのは、教え導いてくれたリアだけだ。


 養成所を卒業後、ようやく功績を立てて、リアも認めてくれた。

 これから恋人になれるのだと浮かれ、しかも彼女から部屋に誘われたのだ。幸福の絶頂だった。

 しかし、丹念に身支度を調えて彼女の部屋を訪れると、そこには事切れたリアの姿があった。

 ありったけの治癒魔術を施し、自分の全てを捧げるから彼女を返してくれと祈った。悪魔が現れ、魂を寄越せと言われたら、迷うことなく頷いただろう。

 実際には、神も悪魔も現れることはなかった。


 リアを殺したのは、隣国の密偵と聞いた。

 普段は部屋に誰も入れないようにしているリアは、クライブのために結界を解いていたのだ。

 それさえなければ、密偵は侵入できなかったかもしれない。

 あるいは、クライブが余計なことに時間をかけず、早くリアの部屋を訪れていれば防げたかもしれない。

 自分に対する怒りを覚えたクライブは、全ての苛立ちを隣国に向け、戦争に身を投じた。

 クライブは戦争の英雄などと呼ばれるが、実際は間抜けな男の八つ当たり、私怨による復讐でしかないのだ。


「やっぱり俺は……先生のことが忘れられない……」


 クライブが絞り出すように呟くと、セスはそっと息を吐き出した。


「では、失礼いたします。詳しいことはその書類にあります」


 そう言って、セスは退出しようとする。

 だが、扉を閉める間際に、ぼそりと口を開いた。


「……友人としては、過去を吹っ切って、新しい人生を歩んでほしいと思っているよ。クライブ」

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