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06.契約結婚

「……その、昨夜はすまなかった。もう少し言い方を考えるべきだった」


 クライブは俯きがちに謝罪する。

 本当に申し訳なさそうなのは、コーデリアの涙を誤解したためかもしれない。

 かつてのリアの知る、素直なクライブの片鱗がうかがえるようだ。どうやら完全に変わってしまったわけでもないらしい。


 コーデリアは、クライブの姿を眺めてみる。

 かつてのリアの記憶よりも、ずいぶんと身長が伸びたようだ。最後に見たのは彼が十五歳程度で、今は三十歳を超えているはずだから、当然とも言える。

 ただ、外見年齢は二十歳前後にしか見えない。魔力が極めて高い者は、成長後の老化が遅くなるという話を聞いたことがあったが、おそらくそれだろう。

 珍しい銀色の髪と物憂げな紫色の瞳、繊細な整った顔立ちは、かつてのリアも知るものだ。さぞご婦人に人気だろうと思わせる容姿である。


「だが、やはりきみを愛することはできそうにない。俺が愛するのは、ただ一人なんだ。俺は、彼女のために功績を立てた。彼女は俺の想いを受け取り、応じてくれたが……結ばれることなく、二度と手の届かない場所に行ってしまったんだ」


 苦しそうな顔で、クライブは呟く。

 それを聞き、やはりクライブとブリジットは恋仲だったのかと、コーデリアは納得する。

 おそらく、ブリジットと結ばれるために功績を立てたのだろう。だが、その頃には彼女はすでに亡く、遅かった。

 そして亡くなった今もずっと一人を想い続けているのだ。何という一途さだろうと、コーデリアは胸を打たれる。


「ずっと縁談は断り続けていたのだが、とうとう周囲に押し切られ……その憤りで八つ当たりしてしまった。きみに罪はないのに申し訳ない」


 謝罪を聞きながら、もしかしたらコーデリアがブリジットの娘だから、気を利かせた者がいたのかもしれないと、思い至る。

 だが、いくら見かけが似通っていても中身は違う。

 所詮は代替品、偽物だと憤るのも無理ないことだと、コーデリアは頷く。


「……理解いたしました。旦那さまのお気持ちを尊重いたしますわ」


 コーデリアは微笑む。

 この一途さは応援したい。決して報われることはないが、だからこそ心に響く。

 つい、クライブの頭をわしゃわしゃと撫でたい衝動がわき上がってくるが、こらえる。

 今の自分はリアではなく、コーデリアという伯爵令嬢にして、名目上とはいえ彼の妻なのだ。旦那さまには丁寧に振る舞うべきだろう。

 すると、クライブが目を見開き、気まずそうにコーデリアから視線をそらす。


「……すまない。考えれば、きみの未来を奪うことでもあったな。慰謝料を払うので、実家に戻ってもらっても……」


「いいえ、実家には私の居場所などありませんので、ここに置いていただきたく存じます」


 実家に戻されてはたまったものではない。コーデリアはきっぱりと断る。

 すると、クライブは驚いたようにコーデリアを眺め、眉根を寄せた。


「そういえば……きみは、ずいぶんと細いな……細すぎる……まさか……」


 何かを察したのか、クライブの表情が曇る。

 実家では、コーデリアは最低限の食事しか与えられていなかった。体型を保つためという名分ではあったが、実際には嫌がらせだろう。

 コーデリアは、己への処遇に憤りを覚える。

 ブリジットが命と引き換えに残した娘に対して、何という仕打ちだろうか。ないがしろにするのも、程がある。

 あなたの娘は幸せにしてみせる、とコーデリアはブリジットに誓う。


「旦那さまにとっては、白い結婚を許容するお飾りの妻がいたほうが、都合がよろしいのですよね?」


「あ……ああ……」


 やや気後れしたように、クライブが頷く。

 お飾りでも妻がいれば、これ以上の縁談はなくなる。

 不仲であれば余計な横槍を入れる者がいるかもしれないが、仲睦まじい夫婦を演じていれば、それもないだろう。

 そのためには、彼の想いを理解して、受け入れる都合のよい妻が必要だ。


「私は旦那さまの一途な想いを応援しますし、何も文句など申しません。その代わり、こちらにも条件があります。いわば、契約結婚です」


「ああ、何でも言ってくれ」


 クライブも乗り気のようだ。真剣な表情で、条件が出されるのを待っている。

 契約であることから、後ろめたさを感じないで済むのかもしれない。


「三食昼寝付きの生活をください」


 コーデリアが条件を言うと、クライブは唖然とする。

 少し欲張り過ぎただろうか。昼寝は省くべきだっただろうかと、コーデリアは後悔する。


「……それだけか?」


 ところが、クライブの口からは呆れた声が漏れた。

 どうやら彼にとっては、この程度の条件は大したことがないようだ。

 それならば、もっとつり上げられるだろうかと、コーデリアは黒い考えが浮かぶ。


「で……では、食後のデザートも添えて……」


 さすがにこれは貪欲だっただろうか。コーデリアはおそるおそる、クライブの様子をうかがう。

 だが、彼は不憫そうな眼差しをコーデリアに向けるだけだ。


「わかった。三食昼寝付き、食後にはデザートを添えて。まずはこの条件で契約して、おいおい見直していくこととしよう」


「はい……よろしくお願いします!」


 契約結婚は無事に締結された。

 お飾りの妻となるだけで、三食昼寝付き、食後にはデザートまで添えられる生活を手に入れたのだ。

 何という幸福、何という楽園だろうか。

 これからの結婚生活に思いを馳せ、コーデリアは自然と口元がほころんだ。

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