05.伯爵令嬢コーデリア
穏やかな光で、コーデリアは目を覚ました。
初夜の床で放置され、前世の記憶が蘇ったのだ。そして色々と思い出しているうちに、眠ってしまったらしい。
広い寝台の上で一人、コーデリアは佇む。
「……夢、ではないでしょうね」
教師リアの記憶は、あまりにも鮮明で詳細だった。夢として片付けるには、現実との一致が多過ぎる。
しかも、記憶が蘇ったことにより、人格も混同しているようだ。
言いなりの人形だったコーデリアには自分の意思などさほどなく、ほとんどがリアの人格に覆われていると言ってもよいだろう。
ただ、口調はコーデリアのようだ。記憶が蘇った瞬間はリアになっていたが、落ち着いてくると、今の体に染みついたもののほうが強いらしい。
「私のお酒……せめて飲んでから死にたかったわ……」
拳を握り締めながら、コーデリアは呟く。
楽しく酒盛りするはずが、殺されてしまったのだ。せっかくの高級酒を飲めなかったことが、何よりも悔しい。
「……あの後、クライブは……それに、どうして殺されたのかしら……」
コーデリアには疑問ばかり浮かんでくる。
王国歴を思い出すと、今現在は当時から十七年ほど経っているようだ。
習った歴史によれば、リアが亡くなってから間もなく、本格的な戦争に突入している。十年続いた戦争は、クライブが編み出した広域魔術によって戦況が変わり、終焉を迎えた。
戦争の英雄として、クライブには男爵位が与えられたのだ。
王国の歴史上、平民が己の功績のみで貴族に叙されたのは、初めてとなる。
「クライブは頑張ったのね……でも……」
かつてリアの教え子だったクライブは、今や英雄だ。それは誇らしい。
だが、昨晩コーデリアに見せた冷たい顔は、リアの記憶にはないものだった。養成所に入ってきたばかりの、ひねくれていた頃でももっと可愛げがあったはずだ。
素直な教え子が、初夜の花嫁を放置するクズ男に成り下がってしまったが、性格が歪んでしまうだけの何かがあったのだろう。それだけのつらい道を歩んできたとも言える。
コーデリアは、少しだけしんみりとしてしまう。
「私……いえ、リアに恨みを持つ相手は、わりと心当たりがあるわね……」
教師になる前、リアの現役時代から数えれば、買った恨みは数えきれない。
そもそも、生き延びたのも運が良かっただけだ。自分の番が来ただけだろうといった、無機質な感覚もある。
「まあ、今さらどうにもできないし、それよりもこれからのことよ」
気持ちを切り替え、コーデリアは未来に目を向ける。
まず、今の自分の状況は、花婿に歓迎されていない花嫁だ。初夜に放置された奥方など、使用人たちからもないがしろにされるに違いない。
実家はキャンベル伯爵家だが、家族からは罵声を浴びせられて虐げられている。
今の伯爵夫人は後妻で、コーデリアは先妻の娘だ。先妻は王家の血を引く由緒正しい血筋の令嬢だったが、何らかのきっかけで没落したらしい。
そのような令嬢を宛がわれたことが、キャンベル伯爵は気に入らなかったようだ。コーデリアを出産して間もなく彼女が亡くなってしまうと、喪が明けないうちから新しい女を妻として扱っていたという。
その女との間に生まれた妹は可愛がられ、コーデリアは邪魔者扱いだ。
「ろくな状況ではないこと、よくわかったわ。さて、醜い私の顔って……うわっ、何この美人!」
家族には散々醜いと言われてきた顔はどのようなものか。確かめるべく、コーデリアは鏡を見て驚愕の声を上げる。
金色の髪に紺碧の瞳を持つ、儚げな整った顔が鏡に映っている。長い睫毛に彩られた大きな目、すらりと鼻筋が通った高い鼻に、薔薇の蕾のような愛らしい唇と、まるで精巧な人形のようだ。
「……あの連中、目が腐っているんじゃないかしら」
呆然とコーデリアは呟く。
これまでのコーデリアは醜いと言われるからそうなのだろうと思っていたが、リアの感覚からすれば素晴らしい美貌だ。
前世のリアは、不細工というほどではないが、美しいとも言い難かった。よく男性に間違われていたものだ。
「でも……どこかで見たような……あっ!」
鏡を見ながら、コーデリアは似た顔を思い出す。
フローレス侯爵令嬢ブリジットによく似ているのだ。今のコーデリアと、リアの記憶にあるブリジットの年頃も同じくらいのようで、生き写しと言ってもよい。
「そういえば、母の名はブリジットだったはず……王家の血を引く侯爵令嬢だったとも……」
どうやら、コーデリアの母はフローレス侯爵令嬢ブリジットで間違いないようだ。
コーデリアは驚きと共に残念な気持ちに包まれる。
ブリジットはクライブと恋仲だとリアは思ったのに、結ばれなかったのだ。やはり貴族と平民の壁は高かったらしい。
しかも、フローレス侯爵は没落してしまったようだ。
「いったい何があったのかしら……」
コーデリアの年齢が十五歳なので、ブリジットが亡くなったのも十五年ほど前だろう。
戦争が始まったのがその二年前で、クライブも駆り出されている。
長い戦争が終結したときには、すでにブリジットは嫁がされた後で、娘を残して亡くなっていたのだ。
結ばれなかった恋人たちの悲哀を感じて、コーデリアの瞳に涙が浮かぶ。
「……失礼する」
そこに、声がして扉が開かれた。
今まさに思いを馳せていた相手、クライブがやってきたのだ。
ややきまり悪そうな顔をしていたクライブは、涙を流すコーデリアを見て、固まった。