【コミカライズ記念SS】閉ざされた道の先
本編終了後の、やっと念願の酒を飲める話です。
アーデン男爵領が独立し、アーデン王国となってから、あっという間に一か月が過ぎた。
王国とはいっても、今までと大きく変わることはない。特に民は、王国となったことを知らない者も大勢いる。
ただ、今や隣国となったブレデル王国は、緩やかに崩壊の坂道を転げ落ちている。
やがてその混乱が、このアーデン王国に波及するかもしれない。
もっとも、これまでも行き場を失った人々が流れ着いてきたのが、ここアーデンだ。
ブレデル王国から人々が流れてきたところで、大して変わらないとも言える。
「王妃さま、そろそろお時間です」
「ええ。今行くわ」
侍女に呼ばれ、王妃であるコーデリアは立ち上がった。
ようやく、王妃と呼ばれることにも慣れてきたところだ。
以前よりも忙しくなったが、毎日が充実している。
ミミやジェナも変わらず仕えてくれて、料理長デニス自慢の料理に舌鼓を打つ毎日だ。
「さあ、今日も頑張りましょう」
コーデリアは気合を入れて部屋を出た。
*
ぼんやりと、コーデリアは目を覚ました。
「ん……」
うっすらと目を開け、隣を見る。
夫であるクライブの姿はなかった。
「もう、朝? 寝過ごした……いえ、まだ夜中ね」
窓に目をやれば、月の光が差し込んでいた。
まだ真夜中のようだ。日付が変わる頃だろうか。
「そうだわ……疲れたと言ったら、早々に寝かしつけられたんだったわ……」
コーデリアは苦笑し、ゆっくりと体を起こした。
「みんな過保護なんだから……クライブはまだ仕事かしら?」
国王となったクライブは、毎日忙しく働いている。
それでも夜は、コーデリアとベッドを共にしていた。
だが、今日はまだクライブの温もりが感じられない。
「何かあったのかしら……」
コーデリアはベッドから抜け出そうとする。
すると、扉が遠慮がちに開かれ、クライブが入ってきた。
「……コーデリア? すまない、起こしてしまったか?」
「いいえ。ちょうど目が覚めたところよ」
コーデリアはクライブに微笑む。
「そうか……なら、一緒に月でも見ないか?」
「ええ」
コーデリアは頷き、ベッドから降りると窓際へと歩み寄った。
そして、窓から外を見上げると、そこには見事な満月が浮かんでいた。
「まあ……」
「今日は月見日和だな。そして、誕生日おめでとう、コーデリア」
「え……?」
コーデリアは目を見開き、クライブを見つめた。
「忘れていたのか?」
クライブは苦笑しながら、コーデリアを見つめ返した。
「あ……そういえば、今日って……そうだったのね……」
実家では誕生日など祝ってもらったことがなかったので、すっかり忘れていたのだ。
「ありがとう、クライブ。嬉しいわ」
コーデリアは微笑み、クライブに寄り添った。
「ああ……今までは後悔に苛まれるだけの日だったが、これからは違う。きみという奇跡に出会えたのだから……」
「後悔……?」
コーデリアが首を傾げると、クライブは苦笑し、そっとコーデリアを抱き寄せた。
「……今日は、先生の命日だ」
「えっ!?」
思わず、コーデリアは息をのむ。
「先生……って、もしかしなくても、リアのことよね? え? そうだったの? リアの命日とコーデリアの誕生日って一緒なの?」
コーデリアは混乱し、思わず矢継ぎ早に質問してしまう。
「ああ……そうなんだよ。何というか……運命を感じずにはいられないな」
クライブは苦笑しつつ、コーデリアをしっかりと抱き締めた。
「そう……だったのね……」
「ああ。だから、これからはきみが生まれてきたことを祝う、幸せな日になる」
「ええ……そうね」
コーデリアはクライブの胸に顔をうずめた。
これまで彼にとってつらいだけだった日が、塗り替えられたのだ。今日が誕生日で、本当によかったと思う。
「……コーデリア、愛しているよ」
「私もよ、クライブ。あなたを心から愛してるわ」
二人はそっと唇を重ねる。
「コーデリア……」
クライブはコーデリアを抱きかかえると、ベッドに運んだ。
「クライブ……?」
ベッドへ下ろされたコーデリアは、クライブを見つめる。
これから起こることを期待している自分に気づき、少し恥ずかしくなった。
「ああ……そうだった。きみが以前、飲みたいと言っていた酒を手に入れたんだ。建国後のゴタゴタで遅くなってしまったが……」
「あ、あの酒をっ!?」
期待していた以上のものを提示され、コーデリアは目を見開く。
甘い雰囲気など、一瞬で消し飛んでしまった。
「あ、ああ……」
クライブは、そんなコーデリアに驚きつつ頷いた。
「すぐに持ってきて! 早く!」
「わ、わかった……」
コーデリアの勢いに気圧されつつ、クライブは部屋を出ていった。
「……まさか、あのお酒が飲めるなんて……」
コーデリアは、うきうきとしながら待つ。
前世の心残りである高級酒が飲めるのだ。
これ以上素晴らしい日はないだろう。
やがて、うずうずするコーデリアのもとに、クライブが戻ってきた。
「持ってきたぞ」
「待ってたわっ!」
コーデリアは満面の笑みを浮かべた。
クライブが持ってきた瓶を見て、コーデリアはさらに目を輝かせる。
「ああっ……これって……」
思わず、感極まって泣きそうになった。
そんなコーデリアに苦笑しつつ、クライブは酒の封を開けていく。
「さあ、乾杯しよう」
「……ええ!」
二人はグラスを手に持つと、そっと合わせた。
「乾杯!」
そして、コーデリアは酒を口に含んだ。
「んん~っ!」
コーデリアは目を輝かせ、口元を押さえた。
「美味しい……っ!」
何度も夢に見た高級酒だ。
それがまさか、飲める日が来ようとは。
これで前世での心残りは、完全に消え去った。区切りをつけて、先に進める。
「喜んでもらえたようで、よかった。……それにしても、きみは酒豪なんだな」
クライブは、次から次へとおかわりをするコーデリアを見て苦笑する。
「そういえば……この体、お酒に強いみたいね。もしかしたら、リアより強いかも」
「そ、それは……すごいな」
「まあ、酔った感じがしないだけで、実際はわからないけれど」
コーデリアは名残惜しそうに、軽くなった瓶を見つめた。
「……あなたはあまり飲まないのね」
クライブのグラスには、まだ一杯目の酒が残っている。
「ああ……俺はあまり強くないからな。それに……」
「それに?」
コーデリアが首を傾げると、クライブは照れたように顔を逸らした。
「……きみを見ているだけで、胸がいっぱいになるというか……」
「ちょっ……!」
コーデリアは思わず顔を赤くする。
まさか、そんなことを言われるとは思わなかった。
「そ、そう……。そういえば、あの日のリアはクライブとお酒を飲みながら、語り明かそうと思っていたのよね……」
「え? 先生が部屋に誘ってくれたあの日に……?」
コーデリアがごまかすように口にした言葉に、クライブは目を見張る。
「ええ。酒場に誘われても行ったことがないって言うんだもの。だから、リアが自分の部屋で飲むことを提案していたの」
「酒場? 行ったことがない? ええ……そんなことは……あっ! まさか……!」
ぶつぶつと何かを呟いていたクライブだったが、突然、弾かれたようにコーデリアを見た。
「どうかしたの?」
「い、いや……何でもない……」
クライブはなぜか顔を赤くしている。
「……?」
コーデリアは首を傾げつつ、グラスの酒を口に含んだ。
「そんな……あれは一夜を共にしようという意味じゃなくて、単に酒を飲もうということだったのか……」
コーデリアが酒を飲むのを横目に見ながら、クライブは小さく呟いた。
「ん? 何か言った?」
「い、いや……。だが、その……ええと、とにかく、あの日、途切れてしまった道が再び繋がったということだな。うん、そうだ」
クライブは自分に言い聞かせるように、何度も頷いている。
「よくわからないけれど……そうね。あの時の約束が守られたことになるわね」
彼が何に動揺しているのかは不明だが、一緒に酒を飲もうと言った約束が、果たされたのは確かだ。
きっとクライブにとっても、区切りをつけることができたのだろう。
そしてこれからは、かつて閉ざされた道の先を歩んでいく。
「これからもよろしくね、クライブ」
コーデリアが微笑むと、クライブも気を取り直したように微笑んだ。
「ああ……こちらこそよろしくな、コーデリア」
そして、二人は再び口づけを交わしたのだった。
本日6/11より、ピッコマ様にてコミカライズが先行配信開始となりました。
北乃式先生による、とても素敵なコミカライズとなっております。
コミカライズ版タイトルは『魔力なし令嬢と冷酷な英雄の白い結婚~旦那様は前世で告白してきた教え子でした~』です。
下にリンクがありますので、ご覧いただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。





